紡ぐ~鵜住居とともに~

 3月11日、古里・鵜住居を襲った黒い波は大切な人や思い出を奪った。その経験に記者としてどう向き合うかー。離れても特別であり続ける古里で、内なる思いを抱くあなたと話したい。

 第1回は、当時小学5年生だった女子大学生と言の葉を紡ぐ。


 古里が押し流され、祖父母を失った。私は、自分の中にある東日本大震災を見ないようにして、10年間のほとんどを過ごしてきた。

震災直後の釜石市鵜住居町。自宅周辺の景色は一変した=2011年3月14日

 岩手日報社編集局整理部記者、前川晶(あき)。29歳。釜石市鵜住居町出身。2015年に入社後、内陸の盛岡市と花巻市で勤務した。

 地域に生きる人と触れ合う中で、鵜住居を思う機会も増えた。津波に襲われ、かつての面影が薄れてしまった古里。そこにあった風景や思い出は、誰かが残さないと「なかったこと」にされてしまうのではないか。

釜石祈りのパークで、祖父母の名前が刻まれたプレートに触れる前川晶記者=2021年2月、釜石市鵜住居町

 18年秋に現場を離れ、ニュースの重さを判断し、紙面をレイアウトする整理記者になった。基本的に、現場を取材することはない。それでも「古里を伝えたい」という思いは消えず、震災発生から10年を前に立ち上がった若手プロジェクトチームに参加。この連載を起案した。

住宅が立ち始め、復興が進む釜石市鵜住居町の中心部=2021年2月

 この場所を知っている人に今のまちを伝えたい。今だから言えること、今しか残せないこと-。離れても特別であり続ける古里で、内なる思いを抱くあなたと話したい。

 それが、誰かが古里を思い出すきっかけになりますように。


3.11若手取材班 Twitter:iwatenippo311

 東日本大震災から間もなく10年。「その先」も伝え続けるために、震災後に入社した若手社員が集まりました。震災に関連する取材やイベント情報を伝えていきます。