この道は、あなたの想いが作ってくれた。

-ハナミズキのみち/陸前高田市 浅沼ミキ子さん(57歳) 浅沼たけるさん(長男・当時25 歳)

 ギターが好きで、ミキ子さんが作ったキンピラゴボウが好きで、家族が好きで、友達が大好き、という息子だった。

 健さんは市民を避難誘導していて命を落とした。ミキ子さんが最後に会ったのは、市民会館の「母子像」の前だった。健さんは、高台へと向かうミキ子さんとの別れ際、ビシッと敬礼し、にっこりと笑った。「気をつけて」と合図を送るように。

 震災後、10 日目に中学校の体育館で、銀色のシートにくるまれた健さんを見つけた。その場所に、1時間は座り込んでいただろうか。氷よりも冷たいほっぺたを暖め続けた。そうしているうちに、健さんの左目から大粒の涙が床に落ちた。悔しかったよなー。自分が助けたい命も助けられず、自分も助からず。どれだけ悔しかったろう!遺体を運び出す時に「母ちゃんにできることはないか!?」とミキ子さんは叫んだ。

 それからずっと朝から夜まで泣いてばかりいた。なんで、わたしだけ助かったんだろう。夜も寝ているのか寝ていないのか、昼も起きているのか起きていないのか分からない朦朧としていた中で、あの子は人の命を守りたかったんだ。まだまだこの町を守っていたかったはずだと思った。

 震災から3カ月ほど経った朝方のことだった。夢の中で息子が教えてくれた。高台に向かう直線の道路を作ろう。もう誰もが迷うことがなく、駆け上がることができるように。目が覚めるとすぐに紙端に書き記した。

 その夢をもとに、ミキ子さんは「ハナミズキのみち」という絵本を作った。健さんの想いを、震災の記憶を、子どもたちに語り継ぐために。そして、いま、その絵本は、現実の「ハナミズキのみち」となって高台へと真っ直ぐ伸びている。ハナミズキの花言葉は「わたしの想いを受けてください」。まだこの地で生きたかった、たくさんの亡くなった人たちの想いが木に宿り、花になりして、見守ってくれたなら。

 子を想う一人の母親から生まれたこの道は、悲しみを繰り返さないために、いのちを守るために、これからも未来へと続いていく。 永く、永く。

 

 

陸前高田「ハナミズキのみちの会」
http://hanamizukinomichi.com/
津波から人命を守る避難路の目印に、ハナミズキを街路樹として植樹すること、絵本を通して震災の教訓を語り継ぐことを目的として設立されました。

 

 

あの日から、もうすぐ10年。
あなたにとって大切な場所。大切なもの。
あなたにとって大切な人は、たしかにそこに生きていました。
その証しを、いまのあなたとともに写真で残します。
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岩手日報社広告事業局「いのちの写真」係
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