⑨被災地を歩く 山田町中心部 なりわい再建へ決意

   

【写真=2011年12月1日、14年6月16日、15年10月23日、19年2月26日】


【写真=2011年12月1日、19年2月26日】

 被災前の日常を告げるかのように踏切の警報音が鳴り響き、三陸鉄道の車両が通り過ぎていった。

 津波と大火に見舞われた山田町中心部。JR山田線から移管され、3月23日に全線開通する三鉄リアス線の陸中山田駅周辺は店舗が集積し、繁華街さながらのにぎわいを見せる。

 そこから、かさ上げされた役場方面の八幡町に向かうと懐かしい顔と出会った。姉の福士厚子さん(54)と理容店を営む甲斐谷定貴さん(46)。昨年8月、7年余りの仮設店舗の営業を経て、自宅のあった場所に本設再開を果たした。

 散髪してもらいながら、歩みを振り返ってもらった。「仮設店舗の時と比べて、ぽつんと離れた場所に再建して寂しくもなったね」とつぶやく甲斐谷さん。高台団地に再建した人も多く、周辺は空き区画も目立つ。「浜の水揚げも冷え込み、私たちサービス業も厳しい」

 ただ、気さくな2人の人柄も大きいのだろう。この日も常連が次々訪れ、世間話で盛り上がった。福士さんは「皆さんが集まってくれることが何より。地域のサロンとして続けていきたい」と張り切る。

 造成の遅れもあったが、中心部の土地区画整理事業(20・4ヘクタール)は土地の引き渡しに伴い、2017年から18年にかけ本設再開が一気に進んだ。仮設店舗の入居者はピーク時の163事業者から11事業者となった。

 駅付近に本設店舗を再建した事務用品販売業、松本龍児さん(67)は「駅の近くに立地したことでお客さんの利便性は高まった」と受け止める。

 その一方、復興事業の終息に伴う工事関係者への納品の減少にも直面する。「今後はオリジナル商品や新規事業の展開に力を入れたい」と強調。新たなまちのなりわいを担っていく気概を感じさせた。