④被災地を歩く 大船渡市三陸町越喜来地区 地域担う次世代の姿

   

【写真=2011年3月12日、11年6月18日、13年4月6日、19年2月15日】


【写真=2011年3月12日、19年2月17日】

 東日本大震災から間もなく8年を迎える大船渡市三陸町の越喜来地区。枯れ草や空き地の赤茶色が目立つ街並みには近づく春を感じさせる柔らかな日差しが注ぎ、潮風が吹き抜けた。

 記者の古里でもある同地区。道路のかさ上げや防潮堤建設など復興事業はほぼ完了し、仮設で暮らした住民は再建した自宅や公営住宅に生活拠点を移した。復興のステージは間違いなく進んでいる。一方、中心部に住民の姿は見えず地域の活力はどうしても感じられない。

 被災跡地にあった私設の大津波資料館「潮目」も三陸駅近くの私有地に転居していた。震災遺構として旧越喜来小の非常階段や震災前の越喜来を伝える写真、子どもたちが描いた壁画などが展示されている。

 同館を建設・管理する片山和一良(わいちりょう)さん(67)は「復興は事業としては完了したが、地域の再生という意味では停滞したままだ」と顔をしかめる。役目を終えた仮設店舗を休憩場所として開放し、支援活動で訪れた関東圏の人々を対象にバスツアーを企画するなど、地域に人の流れを生む活動を精力的に続ける。

 2019年度末での閉校が決まった越喜来中(岩崎弘校長、生徒44人)では、生徒が3月26日に盛岡市で開かれる「復興支援音楽祭」に一緒に出演するシンガー・ソングライターの秦基博さんと交流していた。練習を重ねた合唱を披露し、震災前の越喜来の様子や復興状況を説明。憧れの歌手に古里を語る生徒の姿は恥ずかしそうでもあり、どこか誇らしげでもあった。

 現在の3年生は小学1年時に震災を経験し、以前の街並みや避難の記憶が残る世代だ。掛川理乃子さんと神津(こうづ)凜さんは「閉校は残念だが、音楽祭への出演を通じて越喜来と越喜来中を全国に知ってもらいたい」と意気込み、及川正嗣(まさつぐ)さんは「以前の越喜来の姿や震災の記憶を伝えていくのは自分たちの役割だ。古里のためにできる精いっぱいをやり切りたい」と誓う。

 震災は多くを奪った。時が経過しても戻らないものは少なくない。それでも、古里を愛する次世代の成長に胸が熱くなった。

秦基博さん(中央)と復興支援音楽祭の成功を誓い合う越喜来中生たち

三陸駅近くに移設された大津波資料館「潮目」

片山和一良さんは地域内外の人々が交流する拠点づくりに励む