⑫被災地を歩く 洋野町八木地区 津波対策工事が完了

   

【写真=2011年3月12日、12月6日、17年5月4日、2019年2月26日】


【写真=2011年3月12日、19年2月26日】

 三陸沿岸道路の工事が本格化している洋野町。工事車両がひっきりなしに行き交う国道45号から海辺に下り、同町八木地区に入った。

 前回訪れた約1年10カ月前は工事中だった八木北の防潮堤工事と、八木南の土地かさ上げ工事がともに完了し、津波対策の主要なハード整備は終わった。一方、不漁などで地域に元気がないとの声が気になった。

 明治や昭和の三陸大津波で大きな被害を受けた八木地区にとっては待望の防潮堤ができた。防潮堤の扉が閉まった際に遠回りせずに高台へ避難できる避難路も整備され、住民にとっては一安心だ。

 津波で家が浸水した下道豊子さん(71)は「最近、北海道で地震が多く、北の方から津波が来たらどうなるか。全面的に安心はできない」と警戒を怠らない。

 八木地区では近年、子どもの減少が著しく、婦人会や老人クラブの活動も休止したという。下道さんは「(行事などが)何もなくなったねという話になる」と寂しがる。

 八木南では、家や道路をかさ上げしたため、新しい舗装路が目立つ。震災前から最大で2メートルほど土地が高くなった。

 大久保輝子さん(74)はかさ上げ工事の間、約2年間別の場所に住み、昨年5月に元の家に戻ったという。「時間はかかったが、前より高くなり安心。近所付き合いも変わらず、誰とも会わない日はほとんどない」。戻ってきた日常に声が弾む。

 浜には係留された小型漁船が並ぶが、震災前と比べ、漁船の数は3分の2ほどに減ったという。種市南漁協八木部会の部会長を務める蔵徳平さん(82)は「魚が取れず、沖に出ても赤字の状況。船を持っていても陸で仕事に出る人もいる」と嘆く。

 基幹産業の漁業に明るい展望が見いだしにくい中、地域の活力を維持できるか正念場を迎えている。