⑫被災地を歩く 釜石市小白浜地区 三陸道の効果に期待

   

【写真=2011年3月15日、12月22日、19年2月27日、20年2月28日】


【写真=2011年3月15日、20年2月28日】

 釜石市唐丹町の小白浜地区を1年ぶりに訪ねた。勤務先の久慈市から車で国道45号と三陸道を南下し約2時間半。昨年3月に開通した釜石唐丹インターチェンジ(IC)を下りて5分ほどで同地区に到着し、かつて「夢の三陸ハイウエー」と呼ばれた高規格道路の恩恵を肌で感じた。

 9年前、東日本大震災の大津波でブロックごと集落側に倒れた高さ12・5メートルの防潮堤は同14・5メートルで3月末に復旧。堤防の外側に広がる唐丹湾は穏やかで、すっかり日常を取り戻しているようにみえた。

 震災直後から話を聞いている唐丹町漁協では木村嘉人組合長(66)が出迎えてくれた。同漁協は震災直後の2011年4月にいち早く事務所と漁船の改修に着手し、地域の復興を支えてきた。

 しかし、記録的な不漁は同漁協も直撃。扱い高は震災前(10年度)の2299トン、約5億9300万円から18年度はアワビやホタテの不漁で1357トン、約4億3662万円にとどまり、19年の秋サケ漁は前年の1割に満たない約2400匹に激減した。

 2月末現在の組合員は308人で震災前の7割ほどになり、60歳以上が約8割を占める。木村組合長は「いつもは7月からの定置網漁を今年は5月に始める。ここが踏ん張りどころだ」と奮起する。

 震災の4日後から話を聞いている山田純一さん(68)を訪ねると、「おー、来てくれてありがとう」と笑顔が返ってきた。経営する「理容山田」で常連客と歓談する姿と、震災直後に被災した店舗をブルーシートで覆い無料で散髪していた様子が重なり、思わず胸が熱くなった。

 山田さんは「三陸道の開通で常連さんが2人増えたよ」と三陸道の効果を実感する一方で、「もう9年か。人は減ったなぁ。結婚式は年1回あるかないかだけど、葬式は月に10回もあるんだもの。道路だけよくなって、人がいなくなってはなぁ」と先細りを懸念する。