⑪被災地を歩く 大船渡市赤崎町 地域への思いは不変

   

【写真=2011年3月24日、11年12月24日、19年2月19日、20年2月29日】


【写真=2011年3月24日、20年2月29日】

 1年ぶりに訪れた大船渡市赤崎町の大立・永浜地区は、また大きく景色を変えていた。海沿いを走る県道9号の山側に姿を現した「新県道」。津波時の浸水などを回避するため、住宅の高台移転などと連動して整備が進められている。

 第二の防潮堤のようにそびえるその新道路を眺めつつ、これまで工事中で近寄りにくかった永浜湾の防潮堤沿いを歩いた。釣り場所を探す人、漁船を洗う人。漁村の日常が垣間見える。

 散歩中の小松永徳さん(91)は「健康のための日課だ」と若々しい。1階天井まで浸水した自宅を修理し、暮らしは落ち着いたが「毎朝海を見るのが楽しみだった。こんなに(防潮堤が)高くなるとは思わなかったね」と、変容した風景に寂しさもにじませる。

 被災跡地を利用して、新たに「集いの広場」が整備されていた。震災前に公民館だった場所の隣を整地し、津波に耐えたあずまややベンチを生かした公園。住民が気軽に寄り合ったり、植樹した桜が咲けば花見で交流も生まれそうだ。

 高台移転地に上がっていくと懐かしい人に会った。社会人1年目の佐々木康雄(やすたか)さん(23)。2011年冬に取材した時は中学3年だった少年が「名刺を渡せるようになりました」と目を細めた。被災後の密かな苦悩や、震災に関連した大学での研究テーマなど率直に語ってくれた。

 震災後、津波に遭わなかった民家3軒に住民約100人が身を寄せた同地区。その共同生活を経験し、地域のつながりの強さを身に染みて体感した一人が、地元に戻って就職した。

 なぜ、大船渡に帰ってきたのか。その問いに明確な答えはなかった。時間が経過しても、景色が変わっても、簡単には言い表せないほどの地域への思いがそこにあった。