⑨被災地を歩く 宮古市新川町 復興進も努力続く

   

【写真=2011年3月11日、11年3月12日、15年10月14日、20年2月17日】


【写真=2011年3月11日、20年2月17日】

 2020年度末の全線開通を目指す復興支援道路・宮古盛岡横断道路の関連工事が続く国道106号を抜け、2月17日、宮古市中心部の新川町に入った。

 昨年10月に同市で台風19号の影響を取材したが、市中心部をじっくり取材するのは約4年ぶり。市役所は宮古駅南側に移転し、震災時に職員と一夜を明かした旧庁舎は解体工事が行われていた。見慣れていたはずのまち並みの中に、新たに災害公営住宅が整備されるなど復興の進行を実感する。

 以前よりも人通りが少なくなったように見える旧庁舎周辺を通り、近くの浄土ケ浜旅館を訪れた。被災後、13年に営業を再開し、食堂や客室8室を備えて観光客らに対応してきた。

 16年台風10号豪雨でも浸水するなど相次ぐ被災を乗り越えてきた代表取締役の佐々木美津子さん(71)は「復興工事の業者も減り、なかなか明るい話題がない」と現状を語る。宮古市と北海道室蘭市を結ぶ定期フェリー客向けの弁当の注文などにも応じていたが、定期便は3月末で運休。「思うように客足が伸びなかった」と残念がる。

 市内では昨年の台風19号被害もあり「忘・新年会も振るわなかった」。それでも宿は地道な努力で旅行サイトで高評価を得ており「何とか頑張っていきたい」と前を向く。「昨年3月に三陸鉄道が全線運行を再開した際はお客さんが増えた。三鉄は台風被害を乗り越えて20日に再び全線運行する。同じような効果があれば」と期待する。

 市役所の新庁舎では開放スペースで勉強する高校生の姿など新たな人の動きも見られ、まちの変化を感じた。宮古商工会議所の花坂康太郎会頭は「来年で震災から10年。何とか市経済を好転させたい」と意気込む。地元事業所でのインターン研修などを計画し「復興の過程で若者の地元意識は高まった。受け皿をつくるため、新たな事業を進めたい」と力を込める。