⑧被災地を歩く 宮古市田老地区 道の駅、大きな存在感

   

【写真=2011年3月12日、11年6月20日、14年6月13日、20年2月14日】


【写真=2011年3月12日、20年2月14日】

 盛岡市から岩泉町経由で1年ぶりの宮古市田老へ。以前の記憶と重ね、中心部のかさ上げ地に建物が増えた印象は薄い。だが、国道45号沿いに田老郵便局が開局し、人の動きが目に付くようにはなった。

 田老一小のそばでは、市田老総合事務所の新庁舎が建設の真っ最中。屋上付近に見える「しんたろう」の表示は三陸鉄道の新駅ホームだ。一体での5月開業を目指し、機械がうなる。

 巨大防潮堤に上がるとX型のうち津波に破壊され、建設中の海側(第1線堤)で高く土が盛られた。完成は来年3月。北約200メートルの道の駅たろうの一角、産直とれたろうを訪れると、清潔感ある店内は商品の充実度が増した気がする。

 ここは昨年の台風19号豪雨で、1メートル近く浸水。商品は台無しになり、設備は壊れ、周辺は泥に覆われた。「復興のシンボルだけに、みんなの落胆は大きかった」。畠山一伸組合長(56)は振り返る。

 自身の家業はリンゴ農家だが、収穫期の畑は数十本の木が被害に遭った。消防団員としても住民を守らなければいけない。そして広域で断水。過酷な状況で「産直の泥かきをしたいと申し出が相次ぎ、頼もしかった」との話に、施設の存在の大きさを再認識した。

 隣の店舗では、市地域おこし協力隊の山本千香さん(48)がウクレレコンサートで住民と触れ合っていた。同市蛸の浜町出身。震災後、居住地の横浜市と往復し、ウクレレを通じて住民を勇気づけていたが、本格支援のため昨年4月、家族と離れて移住した。

 豪雨の際には、借家が床上まで浸水したが、住民の助けで住環境を取り戻した。地域を駆け回っては、得意の会員制交流サイト(SNS)を駆使して情報発信にも励む山本さん。情熱の裏には「妥協せず良い物をつくる文化、そして助け合いの精神がある」と地域への強い愛着を感じた。