⑦被災地を歩く 大船渡市三陸町越喜来地区 底力と絆、目の当たり

   

【写真=2011年3月12日、11年6月18日、19年2月15日、20年2月11日】


【写真=2011年3月12日、20年2月11日】

 防潮堤など東日本大震災の復興事業がほぼ完了した大船渡市三陸町越喜来地区。震災から8年11カ月目の月命日、生まれ育った古里を歩き、まち並みの変遷に思いを巡らせた。

 防潮堤が整備され、越喜来湾は見えなくなった。浸水域には、津波に耐えた「ど根性ポプラ」を核とする広場(0・24ヘクタール)が設けられた。陸前高田市米崎町のリアスターファーム(太田祐樹代表取締役)によるイチゴの栽培用ハウス、育苗用ハウスの整備も進む。

 以前は、着々と進む復興事業と相反するように人口減少が続く古里に寂しさを感じていた。だが、この日は地域の底力を目の当たりにする出来事があった。

 本年度で閉校する越喜来中(岩崎弘校長、生徒35人)では、かつて同校の運動会で行っていた伝統競技「ヘビの皮むき」を繰り広げていた。一中との統合を前に、母校を盛り上げようと有志が企画し、約60人が出場。350人以上の住民が大漁旗などを手に盛大に応援した。

 中心となったのは、越喜来中卒業生の会社員菊地研さん(37)。口コミや会員制交流サイト(SNS)などで協力を呼び掛け、復活にこぎ着けた。

 号砲が鳴り、高校生から50代まで60人超が声を合わせて動きだす。「ほれ、行け」と仮装姿で応援する高齢者、スマートフォンで動画撮影する母親、ゴール後に万歳三唱し男泣きする参加者。人々は、かつての少年少女に戻り、イベントを全力で楽しんだ。

 同校2年の田中聖大(せいだい)さんは「初めて見たが、パワーに圧倒された。(統合で)不安もあるが、越喜来中の伝統と誇りを胸に新しい生活に臨みたい」と勇気をもらっていた。

 コミュニティーや住民の絆は、まだ越喜来に息づいている。「住民それぞれができることを集めれば、新しい取り組みができる」。菊地さんの言葉は、復興事業が終わった後の地域づくりを見据えていた。