⑥被災地を歩く 大槌町赤浜地区 復興に区切りはなし

   

【写真=2011年3月16日、17年4月17日、20年2月21日、20年2月20日】


【写真=2011年3月16日、20年2月21日】

 大槌町赤浜地区を20、21の両日、巡った。前回訪れた1年前との目立った変化は町中央公民館赤浜分館の完成と、造成が最後になった高台団地での住宅建設。防潮堤整備も3月中におおむね完了すべく、工事が急ピッチで進む。震災から9年。遅れに遅れた同地区の復興ハード事業が、ゴール間近なことを実感した。

 1月開館の赤浜分館は被災を免れた住宅地に建てられた。外観、内装ともに町産、県産の木材を多用。サロンスペースや調理室、会議室のほか、学校の体育館のような多目的ホールを併設する。やや過分とも映る充実した設備は、長く不便な生活を強いられてきた住民への町の報いだろうか。

 前の分館は津波で全壊。神田義信分館長(74)は「公民館本来の生涯学習的な事業も再開したい」と意欲を語ってくれた。

 地区は震災で90人余が亡くなったが、その後も防災に関する組織的活動はほとんどなかった。避難所機能を持つ分館の完成を機に、自治会は役割図を作るなど本腰を入れる方針だ。頻発、激甚化する水害もにらんで、広く住民を巻き込む取り組みを期待したい。

 高台団地には自主再建のほか、沿岸部最後の整備となった災害公営住宅が立つ。恒久住宅に移った安堵(あんど)感の傍らで「仮設住宅にいたときが、人が多く一番良かった」と高齢の女性。会話の減少や買い物などの利便性低下を嘆く声は少なくない。復興工事で地区に商店が1軒もなくなったのは第三者から見ても寂しい。

 変わらない光景もある。津波で観光船「はまゆり」が乗り上げた民宿。官民による復元活動が停滞したまま、大破した建物は津波の猛威を伝え続けている。

 時間の経過で新たな課題が生まれる一方、積み残る問題がある。復興に区切りなし。強くそう感じた。