⑤被災地を歩く 山田町小谷鳥集落 閉校後の地域像模索

   

【写真=2011年3月25日、15年10月14日、20年2月19日、20年2月20日】


【写真=2011年3月25日、20年2月19日】

 1年ぶりに小谷鳥(こやどり)集落を訪れた。津波で破壊された小谷鳥漁港の防波堤などハード面の復旧は完了し、見た目の変化は感じなかった。だが気候変動の波は小集落にも影を落とす。

 ある男性漁師は「水温が高く今までの魚は取れないし値段も安い。これまでのやり方で生計を立てていくのは難しい」とつぶやく。

 漁港脇では、数人が手作業で土砂から竹や木を取り除いていた。昨年の台風19号で、漁港に下る道路脇の斜面が崩れた。隣の大浦集落もこれまで経験のないほど沢水があふれ、浸水した家屋もあった。

 地域は別の面でも転機にある。大浦小(鈴木崇校長、児童17人)は統合により、3月末で143年の歴史に幕を下ろす。2018年4月から小谷鳥集落から通う児童はいないが、震災直後は同集落の住民ら100人以上が避難した。

 漁業佐々木隆夫さん(70)もその一人。「支援は本当にありがたかった。皆さんにお礼が言いたい」と振り返る。同校近くに自宅を再建し「子どもの声が聞こえなくなるのは残念」としみじみ語った。

 同校最後のカキむき体験が20日、大浦漁港の荷さばき施設で全校児童と家族、漁協職員ら40人で行われた。「見て、でっかいよ」。手ほどきを受けて、徐々にナイフの扱いに慣れた子どもたちの歓声が響く。山根優希帆(ゆきほ)さん(6年)は「楽しかった。最後の体験は忘れない」と誓い、小林然(ぜん)君(同)は「できれば大浦で漁師がしたい。静かでいい所です」と話してくれた。

 同校は町内で唯一、給食がある。漁協が給食のほか物品購入や行事に協力するなど地域がまとまり、学校と子どもを育てた。鈴木校長は「子どもたちを希望とともに送り出したい。この1年、行事などで古里を大事に思う気持ちが育ってきた」と実感する。