訃報

2018年10月

佐藤 惇氏さとう・あつし=元盛岡工高校長
 14日午後8時4分、胃がんのため、奥州市内の病院で死去、74歳。金ケ崎町西根出身。自宅は金ケ崎町西根達小路。火葬は17日午前10時半から奥州市水沢佐倉河のさくらぎ苑、葬儀は18日午前11時から金ケ崎町西根の泰養寺で。喪主は長男淳一(じゅんいち)氏。

 宮古工高、種市高校長を歴任。県高野連会長も務めた。15年から金ケ崎町社会福祉協議会会長。
工藤 正勝氏くどう・まさかつ=元田野畑村副村長
 13日午後6時半、肺へんぺい上皮がんのため、宮古市内の病院で死去、70歳。田野畑村出身。自宅は田野畑村大芦。火葬は17日午後1時から岩泉町岩泉の岩泉斎場、葬儀は17日午後2時半から岩泉町岩泉の雲岩寺で。喪主は次男大輝(だいき)氏。

 08~13年に副村長を務めた。
三好 孝司氏みよし・たかし=元岩泉・門小校長
 8日午前10時、肺がんのため盛岡市内の病院で死去、73歳。岩泉町安家出身。自宅は岩泉町安家。火葬は11日午前10時から岩泉町岩泉の岩泉斎場、葬儀は11日正午から岩泉町岩泉の雲岩寺で。喪主は妻悦子(えつこ)さん。

 田野畑・旧沼袋小校長も務めた。
小野寺 秀夫氏おのでら・ひでお=旧西根町教育長
 4日午前8時50分、がんのため盛岡市内の高齢者施設で死去、90歳。一関市出身。自宅は盛岡市箱清水。火葬は6日午後1時半から盛岡市三ツ割の市斎場やすらぎの丘、葬儀は8日午前10時半から盛岡市北山の願教寺で。喪主は長男正彦(まさひこ)氏。

 下橋中校長などを歴任し、88~00年旧西根町教育長。
三嶋 槙夫氏みしま・まきお=元箱崎小校長
 9月30日午後10時43分、老衰のため遠野市内の自宅で死去、86歳。陸前高田市出身。自宅は遠野市松崎町白岩。火葬は3日午前11時から遠野市遠野町の市斎場、葬儀は同日午後1時半から遠野市新穀町のセレモニーホールやすらぎで。喪主は長男浩(こう)氏。

2018年9月

橋本 信夫氏はしもと・のぶお=元県立宮古病院長
 17日午前4時13分、肺炎のため宮古市内の病院で死去、92歳。八戸市出身。自宅は宮古市新町。火葬は済ませた。通夜は23日午後4時から宮古市太田の宮古典礼会館、葬儀は24日午後1時から宮古市沢田の常安寺で。喪主は長男重厚(しげあつ)氏。

 83~91年に県立宮古病院長を務めた。
橋本 英教氏はしもと・ひでのり=元自民党衆院議員
 7日午後0時50分、脳室内出血のため盛岡市内の病院で死去、51歳。大船渡市出身。自宅は盛岡市北松園。通夜は10日午後5時から盛岡市北山の駒木葬祭北山浄光会館、火葬は11日午前9時半から盛岡市三ツ割の市斎場やすらぎの丘、葬儀は11日午後2時から盛岡市名須川町の本誓寺で。喪主は弟英二(えいじ)氏。

 電源開発、玉沢徳一郎元衆院議員秘書などを経て、2012年衆院選旧岩手3区に自民党から出馬し、比例代表東北ブロックで復活当選。14年衆院選でも復活当選し連続2期。
小幡 直士氏おばた・なおし=元常盤小校長
 6日午後6時22分、すい臓がんのため奥州市内の病院で死去、78歳。奥州市胆沢若柳出身。自宅は奥州市水沢西上野町。火葬は9日午後3時から奥州市水沢佐倉河のさくらぎ苑、葬儀は11日午前11時から奥州市水沢東町の水沢グランドホテルで。喪主は長男直哉(なおや)氏。

 二戸市の旧海上小、奥州市の人首小の校長も務めた。
志田藤 幸男氏しだふじ・ゆきお=元・旧東和町長
 5日午前10時8分、誤えん性肺炎のため、花巻市内の病院で死去、89歳。花巻市東和町出身。自宅は花巻市東和町前田。火葬は7日午後2時から花巻市東和町土沢の東和斎場、葬儀は21日午前11時から花巻市東和町安俵の東和総合福祉センターで。喪主は孫正博(まさひろ)氏。

 1959年に旧東和町議に初当選し5期。議長も務めた。78年同町長に初当選し2期。
柳田 光悦氏やなぎだ・こうえつ=元大槌小校長
 4日午後5時55分、くも膜下出血のため釜石市内の病院で死去、92歳。大槌町出身。自宅は大槌町大ケ口。火葬は7日午後1時半から釜石市平田の釜石斎場、葬儀は8日午後1時から大槌町末広町の江岸寺で。喪主は長男修(おさむ)氏。

 久慈・山根中、釜石・鵜住居小の校長も務めた。
菊地 スミ子さんきくち・すみこ=回進堂元取締役、菊地清代表取締役の母
 8月31日午後8時半、慢性心不全のため奥州市内の特別養護老人ホームで死去、89歳。奥州市江刺岩谷堂出身。自宅は奥州市江刺豊田町。火葬は2日午後3時から奥州市水沢佐倉河のさくらぎ苑、葬儀は4日午前10時半から奥州市江刺南町の光明寺で。喪主は長男の清(きよし)氏。

2018年8月

深田 好昭氏ふかだ・よしあき=元桜城小校長
 24日午後6時46分、胸腺がんのため盛岡市内の病院で死去、63歳。北上市出身。自宅は盛岡市大沢川原。火葬、葬儀は近親者で済ませた。喪主は長女真弓(まゆみ)さん。お別れの会は9月2日午後1時から、盛岡市盛岡駅前通のホテルメトロポリタン盛岡本館で開く。

 緑が丘小校長も務めた。16年盛岡大文学部教授。
十文字 誉範氏じゅうもんじ・たかのり=元宇部中校長
 26日午前9時22分、脳梗塞と誤えん性肺炎のため久慈市内の病院で死去、84歳。久慈市出身。自宅は久慈市夏井町早坂。火葬は28日午後1時から久慈市夏井町の久慈地区斎場、葬儀は30日正午から久慈市湊町の久慈玉泉院で。喪主は長男巧宜(こうぎ)氏。

 荷軽部小校長も務めた。
高橋 文江さんたかはし・ふみえ=高橋昌造矢巾町長の義母
 25日午前1時45分、急性心不全のため盛岡市内の福祉施設で死去、91歳。矢巾町出身。自宅は矢巾町。火葬は27日午前9時40分から矢巾町白沢の町営矢巾斎苑、葬儀は同日午後1時から矢巾町又兵エ新田のシンセラホール矢巾で。喪主は女婿昌造(しょうぞう)氏。
森田 誠喜氏もりた・せいき=元紫波町教育委員長
 24日午前0時48分、老衰のため盛岡市内の老人保健施設で死去、88歳。紫波町出身。自宅は紫波町桜町。火葬は27日午前10時から紫波町星山の紫波斎苑かたくりの丘、葬儀は27日午後0時半から紫波町高水寺の紫波長安殿で。喪主は長男巧(たくみ)氏。

 日詰小、紫波二中、煙山小の校長を務めた。
佐々木 長氏ささき・ひさし=元一関工高校長
 22日午前9時50分、前立腺がんのため盛岡市内の自宅で死去、93歳。盛岡市出身。自宅は盛岡市山岸。火葬は25日午後2時から盛岡市三ツ割の市斎場やすらぎの丘、葬儀は26日午後2時から盛岡市大慈寺町の祇陀寺で。喪主は長男聡(さとし)氏。

 軽米高校長も務めた。
大星 栄子さんおおぼし・えいこ=八幡平・元西根一中校長
 20日午後0時24分、大腸がんのため盛岡市内の病院で死去、64歳。盛岡市出身。自宅は盛岡市志家町。火葬は25日午前10時から盛岡市三ツ割の市斎場やすらぎの丘、葬儀は26日午後2時から盛岡市大慈寺町の永泉寺で。喪主は母サチ子(さちこ)さん。

 宮古二中校長も務めた。
多田 功氏ただ・いさお=元釜石東中校長
 19日午前5時半、肺炎のため花巻市内の病院で死去、83歳。遠野市宮守町出身。自宅は花巻市中北万丁目。火葬は20日午後2時半から北上市北工業団地のしみず斎園、葬儀は21日午前11時から花巻市石神町のいしがみ葬祭ホールで。喪主は長男寛(ひろし)氏。
下舘 祥二氏しもだて・しょうじ=久慈市議
 17日午後10時46分、病気のため久慈市内の病院で死去、68歳。陸前高田市出身。自宅は久慈市山形町戸呂町。火葬は21日午後1時から久慈市夏井町の久慈地区斎場、葬儀は23日午前11時から自宅で。喪主は長男純也(じゅんや)氏。

 91年から旧山形村議。06年の合併による在任特例期間を含め久慈市議連続4期目。
野里 俊夫氏のざと・としお=一戸・元小鳥谷小校長
 17日午前7時23分、肺炎のため盛岡市内の病院で死去、88歳。一戸町出身。自宅は一戸町西法寺字稲荷。火葬は19日午後2時から一戸町岩舘の町火葬場、葬儀は20日午後2時から一戸町一戸のエヴァホールかみたいらで。喪主は長男俊弘(としひろ)氏。

 一戸・奥中山小、北上・旧成田小校長も務めた。
浅沼 一道氏あさぬま・いちどう=書家、本名栄一=えいいち
 12日午前4時9分、肺がんのため、東京都内の病院で死去、85歳。盛岡市出身。自宅は東京都新宿区上落合。火葬は近親者で済ませた。葬儀は19日午後2時から盛岡市大慈寺町の祇陀寺で。喪主は妻恵子(けいこ)さん。

 天籟(てんらい)書道会会主、書宗院相談役、全日本書芸文化院顧問。毎日書道展審査会員などを務めた。