柱に釣り鐘落下の跡【長野・善光寺】

長野・善光寺
善光寺地震で鐘が落下し、傷ついた善光寺本堂の柱=長野市
 長野県長野市の善光寺(滝口宥誠住職、鷹司誓玉住職)には善光寺地震で傷ついた柱が残る。本堂正面の左端の柱にある傷は、地震で釣り鐘が落下してついたものだと古文書に記されている。敷地内には地震塚も建立され、僧侶らが今も犠牲者を悼み続けている。
 同市などによると、同地震は1847(弘化4)年5月8日午後10時ごろ発生。マグニチュード(M)7・4程度と推定され、1年以上余震が続いたと伝えられる。火災、山崩れ、洪水などが多発。死者8千人以上、住宅全壊2万戸以上、山崩れ4万カ所以上などの被害があったとされる。
 善光寺は本堂の内陣造作などが大破したが本堂、山門経堂、鐘楼などは被災を免れた。第1震後、火災が発生し大本願境内の諸堂、46の宿坊、大門町旅籠家街が全て焼失。善光寺町は3日2晩燃え続けたという。
 柱の傷の話を防災の普及啓発に活用する自主防災組織もあるといい、長野県危機管理防災課の中川誠主事は「当時の被害を直接確かめることで、災害の恐ろしさがより実感を持って伝わるのではないか」と傷が現存する意義を説く。

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