焼失免れたイチョウ【東京・湯島聖堂】

東京・湯島聖堂
関東大震災の大火で焼け焦げ、幹の中心部が炭化している湯島聖堂のイチョウ=東京都文京区
 東京都文京区の史跡、湯島聖堂には1923(大正12)年の関東大震災の大火に焼かれながらも生き残ったイチョウが十数本ある。黒々と炭化した部分を包み込むように幹が膨らみながら高さ10メートル以上に枝を伸ばしている。
 内閣府などによると関東大震災は最大震度7で関東南部に大きな被害をもたらした。死者、行方不明者14万2千人。うち、火災による死者は約9万2千人以上とされる。火災は46時間にわたって延焼を続け日本橋、浅草、神田などを中心に区内の43%にあたる34.7平方キロが焼失した。
 徳川綱吉が儒学振興のため1690(元禄3)年に建設した同聖堂は大成殿が焼失し、イチョウも大成殿に面した側が焼け焦げた。震災や戦災を生き延びた樹木を調査した唐沢孝一さん(76)=千葉県市川市=は「忘れられがちな災害の記憶を原点に返ってよみがえらせてくれる。後世に教訓を伝えられる貴重な存在」と力説する。
 イチョウ周辺は樹木の保全と防犯のため、毎年11月23日の神農祭を除いて立ち入り禁止だが、孔子銅像付近などから眺められる。

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