【広島県】水害碑、報恩

土石流の惨禍 漢文に
 昨夏の西日本豪雨で16人が亡くなった広島県坂町の小屋浦地区。土石流で周囲が更地と化した小屋浦公園に、1907(明治40)年7月に同地区を襲い約40人の死者を出した「山津波」の様子を漢文で刻んだ水害碑(10年建立)と報恩(11年建立)の石碑が並ぶ。
 広島大の熊原康博准教授(44)=自然地理学=らの現代語訳によると、十数日降り続いた雨で地盤が緩んだところに豪雨が襲い土石流が発生。人々は逃げる暇もなかった。碑は2度移転し2004年から現在地に立つが、漢文のため内容を知る住民が限られ、慰霊祭も開いていなかった。
 西日本豪雨で被災した小屋浦4丁目の高下(こうげ)章第3町内会長(63)は「長雨など過去の水害と共通点は多かったが、教訓として早めに避難しようとした住民はほとんどいないのではないか」と語り、伝承の重要性を説く。

特別号外 全国8カ所の石碑、遺構