津波でねじれた鉄柱や、波に洗われる巨大な津波石。過去の大災害の痕跡を伝える災害遺構は、復興が進み被災の記憶が薄れた後も、自然の強大な力と命を守る教訓を雄弁に物語る。「碑の記憶~遺構編」では、悲劇を繰り返さぬよう願う住民の思いとともに、各地の災害遺構を紹介する。

中心市街地襲った波

陸前高田市高田町・米沢商会ビル

かさ上げ地の新市街地と一線を隔てるようにたたずむ米沢商会ビル(手前、岩手日報社小型無人機で撮影)
 東日本大震災で、宮城県石巻市の3971人(行方不明者、関連死を含む)に次ぐ1761人(同)の犠牲者が出た陸前高田市。市役所や市民会館などの公共施設のほか、市内事業所の大半が集まる中心市街地だった同市高田町では、市内最大の1173人(同、2014年現在)が犠牲になった。
陸前高田市高田町・米沢商会ビル
 
 1896(明治29)年の三陸大津波の犠牲者は22人、1933(昭和8)年の三陸大津波と60(同35)年のチリ地震津波はともに3人だった。震災では、長年市街地を守り続けてきた防潮林の高田松原がなぎ倒された。
 市の検証によると、浸水高は広範囲で15メートルを超え、2840世帯のうち2047世帯が全壊。1次避難所も半数以上が被災した。例年避難訓練で使用し、当日も大勢が避難していた3階建ての同会館では130人超が犠牲となった。
 震災後、長く色を失っていた中心部は最大約12メートルかさ上げされ、大型商業施設や公共施設が再建された。芝生の公園に市民が集う、かつての風景が戻りつつある。
 陸前高田商工会の被災会員604事業所のうち314事業所が再開し、大部分が同市高田町に集まる。整地が終わった被災跡地は災害危険区域として住宅建設が禁止され、産業用地としての活用を模索している。
かさ上げ前の地盤に唯一残り、震災遺構となった米沢商会ビル=陸前高田市高田町

家族の記憶も物語る

 広大な被災跡地にぽつんとたたずむ米沢商会ビル。中心市街地の面影が消えた地で、唯一今昔をつなぐ象徴として被災前と変わらぬ地面に立つ。ここで総合包装資材などを販売していた米沢祐一さん(56)が個人で残した震災遺構だ。
 強い揺れの後、米沢さんは店を片付けていた。その場を両親や弟に任せて倉庫の片付けに向かった時、避難を促す放送が聞こえた。
 慌てて店に戻ったが、誰もいない。近くの市民会館に逃げたと思い、上階に上がると窓から黒い水が見えた。とっさに屋上に駆け上がり煙突に登った直後、波が押し寄せた。わずか10センチ下まで一面の海。迫り来る津波に流されまいと、1平方メートルほどの空間でへりにしがみついた。家族が逃げたはずの会館は屋根すら見えず、家族の死を悟った。
 2年ほどして周囲の建物の取り壊しが進み、古里の姿が失われていく中で、保存への思いが強まった。ビルは命を救ってくれた「恩人」であり、唯一残った思い出の品だった。時期を逃すと解体費用が自己負担となるため迷いはあったが、妻の応援や保存を求める客の声に背中を押された。
 2011年夏、がれき撤去を手伝ってくれたボランティアに被災体験を語って以来、年間30回ほど現地で語り部を行っている。震災の約1カ月前に生まれた長女多恵さん(10)ら、震災を知らない世代に災害の恐ろしさを覚えてほしい。
 理由はもう一つ。「話した分だけ、記憶が強くなる。思い出せることがすごくうれしいんです」。亡き家族との思い出が、ふいによみがえる。あと何年語れるか分からないが、建物は存在する限り「物言わぬ語り部」でいてくれる。
被災前の米沢商会ビル=2011年3月(米沢祐一さん提供)

実物教材の力大きく

「自ら想像し、いざというときに行動できるようになってほしい」と、防災教育に力を入れる佐藤健校長
一関市花泉町
金沢(かざわ)小 佐藤健校長(55)


 2018年の着任後、防災教育の一環で被災地を訪問している。米沢商会ビルの見学も恒例となった。陸前高田市出身で、東日本大震災発生時に教務主任をしていた旧小友中では、男子生徒8人が亡くなった。
 その後釜石東中の副校長となり、生徒らが率先避難した「釜石の出来事」を発信する側になった。「あの時、何かできなかったのか」と自問自答することが増え、「命を守る」を自らの教育テーマとしている。
 同ビルを見学すると、児童は米沢祐一さんの1時間近い語りに聞き入る。昨年、学習発表会の案を募ると「被災地訪問を劇にしたい」と声が上がった。
 自分たちなりに受け止め、伝えたいと思ったのだろう。現場に立って実体験を聞く「実物教材」の威力はやはり大きい。内陸でも震災を教訓とし、地元でどんな災害が起き得るか想像し、命を守る行動につなげてほしい。

2021年05月11日 公開
[2021年03月10日 岩手日報掲載]

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陸前高田市高田町・米沢商会ビル

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遺構周辺の状況が体感できるVR動画は、東日本大震災の月命日に合わせて毎月1回配信します。
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