津波でねじれた鉄柱や、波に洗われる巨大な津波石。過去の大災害の痕跡を伝える災害遺構は、復興が進み被災の記憶が薄れた後も、自然の強大な力と命を守る教訓を雄弁に物語る。「碑の記憶~遺構編」では、悲劇を繰り返さぬよう願う住民の思いとともに、各地の災害遺構を紹介する。

教訓伝える非常階段

大船渡市浦浜地域・震災資料館「潮目」

がれきを使った震災遺構の潮目。越喜来小旧校舎の非常階段を移設し教訓を伝える=大船渡市三陸町越喜来
 大船渡市三陸町越喜来(おきらい)の浦浜地域は、幾度も津波に見舞われた常襲地帯だ。
 大津波の死者は1896(明治29)年が122人、1933(昭和8)年は27人に上る。2011年3月11日に発生した東日本大震災の犠牲者は越喜来地区全体で88人。尊い人命、家屋が奪われた。
 地域コミュニティーの核を担っていた越喜来小は、海からほど近い低地に立地していた。震災の大きな揺れを受け、児童と職員は学校から高台の避難場所を目指した。
 避難経路の一つは校舎2階裏側と市道を結ぶ非常階段。地元の市議が市に要望を続け、震災の3カ月前に整備されたばかりだった。
 児童らは学校の第1避難所としていた三陸鉄道三陸駅へ向かう。「ここにも津波が来るかもしれない」。一行はさらに高台の南区公民館へと迅速に避難した。津波は校舎3階までのみ込んだが、児童73人は全員無事だった。
 同校は甫嶺(ほれい)小校舎に居所を移して学校生活を送り、12年4月には両校に崎浜を加えた3校が統合。16年には高台に建設した新校舎へ移った。
イチゴ栽培施設などが建設された越喜来浦浜地域。手前の交差点左側に潮目が立つ

混ざり合う人の思い

 東日本大震災で低地が壊滅的な被害を受けた大船渡市三陸町越喜来の浦浜地域。旧越喜来小跡地近くに2012年7月、がれき材を組み合わせた震災資料館「潮目」が開館した。
 建物は地元で建設業に携わる片山和一良(わいちりょう)さん(69)が手掛け、海流が交わる潮目のような人と人の交流を願って名付けた。
 震災から間もなく10年。低地は産業用地として整備され、イチゴ生産施設が稼働。トマト栽培施設の立地も計画されている。3年前、産業用地の整備に伴い潮目は三陸鉄道三陸駅に向かう道沿いに移設した。
 赤や黄色でカラフルに彩色された外観。津波の写真や、がれきの中から拾い集めた時計、震災直後に子どもたちが描いた未来の越喜来の絵も展示する。
 BAR・ばハウスと名付けた元仮設店舗や、タレントのSHELLY(シェリー)さんが支援したラフラブハウスも隣接。みちのく潮風トレイルのハイカーらが立ち寄るスポットになった。
 潮目の屋上には越喜来小旧校舎から移設した非常階段を取り付けた。片山さんは「階段は子どもたちの命を守った『プラス』の震災遺構。BAR・ばハウスもラフラブハウスも震災があったからできた物で、いろいろな人の思いが詰まっている」と解説する。
 非常階段は設備として有効性を発揮したが、当時の校長今野(こんの)義雄さん(64)=同市立根町=は「日ごろの訓練があったからこそ」と振り返る。
 非常階段には2カ所の鍵が付いているが、事前に解錠作業を何度も確認したことがスムーズな避難につながり、1次避難所から2次避難所へと行動を移す時間も生まれた。
 「精いっぱい想定して、備えておくことが大切」と今野さん。震災前後の人々の思いが「陸の潮目」のように混ざり合い、遺構を形作っている。
【2011年3月11日】津波が押し寄せる浦浜地域(片山和一良さん提供)

交流を通じ前向きに

「前向きな人の思いを感じてほしい」と話す片山和一良さん
大船渡市三陸町越喜来 会社員
片山和一良さん(69)


 震災後、将来のまちづくりのために「子どもたちの意見を聞こう」となり、未来の越喜来の絵を描いてもらった。被災したガソリンスタンドに飾ると人が集まり、コミュニティーの場になった。
 スタンドは取り壊しが決まったが、せっかくの絵を飾る場所がないかと潮目を作った。物資不足で材料は買えない。手っ取り早くがれきを使い、残ったペンキで色付けした。
 当時はあえて一番の低地に作った。元々、残そうと思って建てた物ではなく、まち全体を考えて「どいてくれ」と言われれば、その時には越喜来も復興できている時期だろうと考えており、2018年に移転した。
 ハイカーら県内外の来訪者も多い。人の流れができつつあり、よい方向に向かっていると思う。多種多様な人や思いに触れ「俺も頑張ろう」と前向きになってほしい。悲惨さだけを伝えるのではなく、前向きな人の思いを感じてほしい。

2021年06月01日 公開
[2021年01月14日 岩手日報掲載]

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大船渡市浦浜地域・震災資料館「潮目」

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