田老の犠牲者を供養

宮古市・田代地区


 海から3キロ以上離れた、宮古市田代の三陸鉄道佐羽根(さばね)駅。同駅から北西200メートルほどに、1896(明治29)年の津波の犠牲者を供養する高さ74センチの石碑がある。
 近くを流れる田代川は程なく田老川と名前を変え、同市田老へつながる。田代の佐羽根地区は、通学や買い物などで田老地区を生活圏とする住民が多く、昔から結びつきが強い。
 田老村津浪誌によると、同年6月15日(旧暦5月5日)の津波で田老1407人、乙部401人、摂待51人が犠牲となり、285戸以上が流失。「突如十五mの大波の襲来に一瞬にして全市街流失、水死する者、凍死するもの惨状見るに忍びざるものありき、罹災生存者僅(わず)かに三十七名ありしのみ」と記されている。
 建立者の1人佐々木鶴松のやしゃご、佐々木弘さん(77)=同市田代=は「田老にいる親戚の多くが亡くなったようで、供養のために建てたと曽祖母から聞いた」と記憶をたどる。
 東日本大震災でも181人の犠牲が出た同市田老。佐々木さんは「時がたてば人は忘れてしまう。津波が来たら、すぐ高い所へ逃げろという戒めも込められているのではないか」と先祖の思いを推し量る。

魅力創出へ新たな絆

アスレチック遊具で子どもたちと遊ぶ福原隆泰さん(左)と三浦明美さん=宮古市田代・市野外活動センター
 大阪市出身の福原隆泰(たかひろ)さん(59)は、東日本大震災後宮古市田老で励んだ復興支援活動が縁で市の地域おこし協力隊員となり、石碑が立つ同市田代地区の活性化に携わっている。
 9月に着任し、同市田代の市野外活動センターの利活用や地域の魅力発信を担っている。10月末には同センターで「森のシアター あそびのひろばとむかしあそび体験inYAKATU」を初開催。市内の親子ら約130人が訪れ、福原さんの設置したアスレチック遊具などで遊ぶ子どもたちの歓声が響いた。
 兵庫県で15年ほど地域づくり活動に携わり、阪神大震災の被災地を見てきた福原さんは、同市田老の惨状に心を痛め2013年から仮設住宅や児童館を訪問。子どもの遊び場をつくってきた。「複雑な事情がある子もいたと思う。素直で明るい子どもたちの笑顔が忘れられない」と振り返る。
 田老児童館の館長時代に福原さんと出会った田代児童館館長の三浦明美さん(59)=同市南町=は「子どもたちを元気にしてくれた。生き生き、伸び伸びと遊ぶ子どもたちの笑顔が印象的で、自然の中での親子遊びや触れ合いの大切さを知った」と感謝する。
 16年には、台風10号豪雨で田代児童館が被災。福原さんは「田代でも何かできないか」と交流を深めた。
 復興の先をどう描くかは被災地共通の課題。福原さんは「新しい絆をつくる時期にきている。住民のやりたいことを基に、田代地区の魅力や潜在能力を引き出していきたい」と語る。
のどかな里山が広がる佐羽根駅近くの集落。古くから田老地区との交流が盛ん(岩手日報社小型無人機で撮影)
2014年8月6日 復興支援で宮古市田老のグリーンピア三陸みやこの仮設団地を訪れた福原隆泰さんが設置したアスレチック遊具で遊ぶ子どもたち(福原さん提供)

2021年03月19日 公開
[2020年12月11日 岩手日報掲載]

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宮古市・田代地区の津波記念碑

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