津波でねじれた鉄柱や、波に洗われる巨大な津波石。過去の大災害の痕跡を伝える災害遺構は、復興が進み被災の記憶が薄れた後も、自然の強大な力と命を守る教訓を雄弁に物語る。「碑の記憶~遺構編」では、悲劇を繰り返さぬよう願う住民の思いとともに、各地の災害遺構を紹介する。

壊滅的被害の漁師町

宮古市・たろう観光ホテル

あの日の記憶を鮮烈に伝えるたろう観光ホテル。入場と津波映像の視聴は「学ぶ防災」利用者に限られる=宮古市田老
 宮古市北部の田老地区は、太平洋に面する田老漁港を中心に街並みが形成された漁師町だ。アワビやウニの磯漁やワカメ、コンブの養殖業が盛んで、かつては田老川に多くのサケが遡上(そじょう)し、同市の津軽石川と本州一の座を争っていた。
宮古市・たろう観光ホテル
 
 一方、古くから津波常襲地としても知られ、1896(明治29)年と1933(昭和8)年の津波で壊滅的な被害を受けた。「津波太郎」といわれるほど、津波との闘いの歴史を刻んできた。
 昭和の大津波後に市街地の区画整理と防潮堤の整備に取り組み、79年に総延長2433メートルの大防潮堤が完成。「田老万里の長城」といわれる威容を誇った。2003年には「津波防災の町」を宣言し、長年の努力で「災害に強いまち」の歩みを進めていた。
 しかし11年3月11日。激しい揺れの後に猛烈な黒い波が地域を襲った。市街地で津波浸水高16・6メートル、津波遡上高20・72メートルを記録した巨大津波が第1・第3堤防を越え、第2堤防が破壊された。1691棟が被災し、魚市場や消防分署などの主要施設が全壊。死者・行方不明者181人は、市全体の35%に及んだ。
高さ10メートルの防潮堤が倒され、壊滅的な被害を受けたたろう観光ホテル周辺=2011年3月13日

最上階で見える真実

 宮古市田老のたろう観光ホテルは、2階部分まで壁が押し流され、むき出しの鉄骨をさらしたまま6階建ての建物が現存する震災遺構だ。一目で高さ17メートルに及んだ津波のすさまじさを伝え、時の流れとともに存在価値を増している。
 東日本大震災が起きた2011年3月11日、ホテルは午後3時からのチェックイン前で宿泊客はいなかった。「えらく長い地震」に松本勇毅社長(63)は津波襲来を確信。急いで外に出ると、予想津波高3メートル以上とする大津波警報が防災無線で伝えられた。従業員ら5人を避難させ、自身は予約客が入っていたため1人ホテルに残った。
 この時点で防潮堤を越える津波を想像しておらず、最上階の6階に避難。同3時15分ごろに外を見ると既に津波が押し寄せていた。当時は北海道奥尻島やインドネシアのスマトラ島の被害が記憶に新しく「この津波も記録に残さなくては」と映像を撮り始めた。
 程なく第2波とみられる高波が押し寄せ、あっという間に住宅などをのみ込みながらホテルを直撃。田老漁港付近を見下ろすように撮影していた映像は一時、建物の軒先を見上げるようなアングルになる。
 「波が突き抜けてからの記憶はない。のみ込まれてしまったと勘違いしたのではないか」と松本社長。「十数秒後に、『あ、生きてた』とわれに返った」という過酷な状況に立ち向かいながら、ビデオカメラを握りしめた。
 生々しい映像は、松本社長があの晩を明かしたホテル6階でしか公開していない。巨大災害の教訓はその時々の最大限の知恵で後世に受け継がれてきたが、災禍は繰り返された。「あの日と同じ撮影場所で見てほしい。真実は現物を使って伝えることも必要だ」。これからも唯一無二の手法で、風化にあらがう。
現在のたろう観光ホテル(中央右)周辺。右後方の高台には再建された住宅が立ち並ぶ(岩手日報社小型無人機で撮影)

■未来への伝言■ 生の声伝える重要性

「震災を経験した私たちが生の声で伝え続けなければならない」と語る元田久美子さん
宮古観光文化交流協会
学ぶ防災ガイド 元田久美子さん(63)


 2012年4月から、約18万人が学ぶ防災ガイドを利用した。震災遺構のたろう観光ホテルは「物語らぬ語り部」。そこに年間約2万人の来訪者の息がかかっているから、建物が生きる。遺産を活用するまちづくりにもつながっていく。
 災害は忘れたころにやってくるのではなく、人が忘れるから災害になる。私たちができることは教育、訓練、伝承だ。どんな災害でもそれぞれが「自分の命は自分で守る」意識を持たなければ意味がない。やはり生の声で伝えていくことが重要だ。
 大津波は東日本大震災までの115年間に3回来ている。震災前はまさか自分が経験するとは思っていなかったが、私も「もう一度経験する」と思って暮らしていく。一方で自然は恵みを与え、美しいものでもある。震災でも崩れなかった三王岩は地域住民に大きな力を与えてきた。
 この地域は、大災害があっても海の恵みがあって生活が成り立っている。なぜこのまちに住み続けたいのか。津波の怖さだけではなく、地域の魅力も伝えていきたい。

2021年01月11日 公開
[2020年10月15日 岩手日報掲載]

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宮古市・たろう観光ホテル

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遺構周辺の状況が体感できるVR動画は、東日本大震災の月命日に合わせて毎月1回配信します。
VR動画は、IE(インターネット エクスプローラー)・Firefox(ファイア フォックス)ブラウザでは正常に再生できません。Microsoft Edge(マイクロソフト エッジ)・Google Chrome(グーグル クローム)などのブラウザで閲覧することをおすすめします。