観光客に告げる教訓

宮古市・浄土ケ浜


 国の名勝に指定されている宮古市の浄土ケ浜。美しい造形の白い岩肌は、江戸時代には「さながら極楽浄土のごとし」とも評され、多くの人の心を引きつけてきた。海水浴客らが多く訪れるその砂浜の一角には、津波の恐ろしさを伝える2基の石碑が隣接して立っている。
 一つは1933(昭和8)年の大津波を伝える大海嘯(かいしょう)記念碑、そしてもう一つが60(同35)年のチリ地震の津波記念碑だ。
 大海嘯記念碑には「大地震の後には津波が来る」など五つの教訓が記されている。裏側に目を向けると、発生時間や当時の宮古地内の被害(流失4戸、溺死者2人)、建立の経緯などが詳細に刻まれている。東日本大震災の津波で一度は海中に流されたが引き上げ、今は元の場所に収まっている。
 震源地が遠く、大地の揺れを感じない中で津波が襲来したチリ地震の津波記念碑には「地震がなくとも潮汐が異常に退いたら津波が来るから早く高い所に避難せよ」とあり、大海嘯記念碑とは異なるケースの教訓を伝える。
 県内外から訪れる多くの観光客に、津波襲来地であることを伝える重要な存在となっている。

常に避難誘導へ備え

砂浜が復旧し、20日に今年の海開きを迎える浄土ケ浜
 海水浴場となる砂浜のすぐそばにある浄土ケ浜レストハウス。島崎準支配人(39)は震災時、施設内で勤務していた。
 大きな揺れの後、波が引いていくさまを見て、やがて到来する津波の大きさを直感した。バスツアーの観光客約30人を高台の駐車場へ避難誘導し、従業員数人と共に逃げた。人的被害はなかった。
 翌日、砂浜には流木やごみが多数打ち上げられ、2階まで浸水したレストハウスは大破。観光の目玉である遊覧船も3隻中1隻しか残らなかった。
 あれから8年4カ月余り。20日は浄土ケ浜の海開きで、今年も海水浴シーズンが到来する。がれき撤去のボランティアの協力もあって白い砂浜は輝きを取り戻し、レストハウスと海水浴場は2012年に再開した。レストハウス付近には震災後、避難路が新たに整備された。
 市によると遊覧船と海水浴場などへの来場者は17年に60万人を突破、震災前と同水準まで回復した。島崎支配人は「普通に食事して普通に楽しんでもらう。その当たり前がうれしい」と喜びを語る。
 復興が進み、次の災害への備えを考えた時、「観光地」であることは切り離せない。浄土ケ浜を歩く人たちは、土地勘がほとんどない人も多く、震災以前の災害の歴史を知らない人や、津波襲来時にどう対処すべきか分からない人もいるだろう。
 震災時、従業員の迅速な判断で観光客が難を逃れたように、現地で働く人たちの行動がいざというときの鍵を握る。浄土ケ浜にある石碑は、初めて訪れる観光客だけでなく、受け入れる側、常日頃働く従業員に対しても警鐘を鳴らし続けている。
国の名勝に指定されている浄土ケ浜。砂浜(中央)のそばにある浄土ケ浜レストハウスは津波で大破したが復旧した(岩手日報社小型無人機で撮影)
【2011年3月22日】 震災後、多くのがれきで埋め尽くされた浄土ケ浜(宮古観光文化交流協会提供)

2020年03月19日 公開
[2019年07月19日 岩手日報掲載]

碑の場所を確認する

宮古市・浄土ケ浜の大海嘯記念碑

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