住居被害防いだ忠告

陸前高田市広田町・泊地区


陸前高田市広田町・泊地区
 
 陸前高田市広田町泊地区の県道近くにある石段に、1933(昭和8)年の大津波の教訓を刻む石碑がひっそり立つ。
 広田漁業史や故山下文男さんの哀史三陸大津波によると、津波で45戸が流失し、9人が死亡。船200隻が流失・損壊した。白壁の土蔵や郵便局、漁業組合事務所だけを残す状態だった。
 1896(明治29)年の津波でも49戸が流失、7戸が全半壊し、126人が犠牲になった。
 石碑は昭和の大津波の翌年、旧広田町内の7カ所に建立。県道沿いの泊地区の石碑は、一時傾くなどして別の場所に置かれていたが、泊地区自主防災会が2012年、近くの石段に移設した。
 当時会長だった藤原直美さん(75)は「教えをしっかり伝えなければいけない」と重機を操った。
 藤原さんは若いころ、家を建てようとした同市広田町の海沿いの土地で、地元の古老から忠告を受けた。
 「こんな場所、津波が来たら一発だぞ」
 結局高所に居を構え、数十年後に東日本大震災が発生。忠告された場所は浸水したが、家は被災を免れた。

自助 若者に語り継ぐ

広田漁港の北に位置し、多くの住家が被災した泊地区(岩手日報社小型無人機から撮影)
 「四つの大事な教訓が書いてある。自分の命はしっかり自分で守ろう」
 陸前高田市広田町泊の佐々木幸悦さん(68)が語り掛けると、滋賀県草津市の玉川中3年生13人は真剣に耳を傾け、傍らの石碑を見つめた。
 佐々木さんは陸前高田市が民泊修学旅行の取り組みを始めた2016年から県外の中高生を受け入れている。日程に必ず組み込むのは防災学習の時間。中沢浜地区や泊地区の石碑に足を運び、刻まれた教訓を子どもたちに伝える。
 始める前は何を民泊の目玉にするか悩んだ。そんな中で読んだのが、石碑を紹介する広田町の東日本大震災記録誌だった。石碑の存在は知っていたが、詳細な文言を理解したのは初めてだった。
 2011年3月11日。市職員の退職まで残り数週間だった佐々木さんは午後に休暇を取り、帰宅後に大きな揺れに襲われた。家にあった市の防災服に着替え、地域住民の避難誘導に走り回った。
 「毎年の避難訓練通りにしっかり対応できた」と住民の防災意識の高さを実感できた半面、「海を見に行く」と避難場所から逆方向に向かう高齢男性もおり、無理やり避難させた。泊地区210戸のうち海沿いの110戸が全半壊し、犠牲者も出た。
 石碑は迅速な避難と、日常の心構えの大切さを訴える。簡潔で的確な戒めを胸に刻む今は「石碑はあるだけではいけない。しっかり伝えていくことが大事」と言い聞かせる。
 修学旅行は子どもたちの大切な思い出になる行事。佐々木さんは「大災害が起きた時に石碑を思い出してくれるはず。地域や家族で体験を伝えることで教訓が広がり、風化防止にもつながる」と願う。
玉川中の生徒に石碑の教訓を伝える佐々木幸悦さん(右)
【2011年3月11日】 泊地区に押し寄せる津波(藤井幸一さん提供)

2020年02月11日 公開
[2019年06月20日 岩手日報掲載]

碑の場所を確認する

陸前高田市広田町・泊地区の津浪記念碑

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石碑周辺の状況が体感できるVR動画は、東日本大震災の月命日に合わせて毎月1回配信します。
VR動画は、IE(インターネット エクスプローラー)・Firefox(ファイア フォックス)ブラウザでは正常に再生できません。Microsoft Edge(マイクロソフト エッジ)・Google Chrome(グーグル クローム)などのブラウザで閲覧することをおすすめします。