万が一の心構え記す

大船渡市三陸町越喜来・浦浜地区


大船渡市三陸町越喜来・浦浜地区
 
 越喜来湾に面する大船渡市三陸町越喜来の浦浜地区。越喜来漁港から北西約500メートルほどの所にあり、樹齢推定7千年といわれる三陸大王杉が立つ八幡神社の入り口に、1933(昭和8)年の大津波の教訓を伝える慰霊碑が建てられている。
 碑は町民有志らによる実行委が82年に建立。元々は昭和の大津波発生直後に建立が計画されていたが、実現することなく47年間放置されていたものを、昭和の大津波の五十回忌に合わせて建てた。
 当時、碑の建立に携わった故平田政二さんの弟で、同地区に暮らす坂本末夫さん(77)は「万が一の時の備えになるよう、教訓を伝えなければと考えたのだろう」と思いをはせる。
 放置されていた碑に記されていたのは、津波襲来時の心構え。実行委は建立に当たって、新たに裏面に犠牲者への鎮魂の思いを込めて同地区の死者・行方不明者28人の名前を刻んだ。
 大きな被害をもたらした過去の津波の記憶を後世へつないでいこうという地域住民らの使命感により、47年ぶりに日の目を見た碑。それから29年後の2011年、またしても同地区を津波が襲った。

広がる助け合い体制

復興まちづくりが進む大船渡市三陸町越喜来の浦浜地区周辺(岩手日報社小型無人機から撮影)
 東日本大震災の津波に襲われ、住宅や商店、小学校の校舎が流されるなど大きな被害を受けた浦浜地区。「地球が壊れるかと思ったな」。鈴木健悦さん(69)と前野浩哉さん(65)は当時の様子を振り返る。
 同地区は震災で約70人が犠牲になった。過去の津波の復興地に暮らしていたことで「大丈夫だろう」と逃げ遅れてしまった人や、これまでの経験から津波の恐ろしさを理解していたはずが命を落としてしまった人もいた。
 現在の位置から約100メートル離れた場所に立ち、震災で完全に波をかぶった昭和の大津波の慰霊碑。同地区の住民からは「時間の経過とともに碑の存在が薄れてきていた時に震災が発生した」との声が多く聞かれる。
 震災後、碑は県道のかさ上げ工事に伴い、現在の場所に移築された。鈴木さんは「以前よりも目に付きやすくなった」と話す。一方で震災を知らない子どもたちもいる中で「津波がどういうものか知らなければ文章だけでは意味がない」とも指摘する。
 本年度から越喜来地区公民館長に就任した鈴木さんは、公民館での津波の映像上映などを計画。津波の恐ろしさや正しい避難の仕方を伝える活動に力を入れていく。
 また震災以降、浦浜地区をはじめとする越喜来の一部地域では、災害時に弱者となる可能性のある住民の把握と、その人のサポート体制づくりが進んでいる。こうした動きを公民館が主体となって地域全体に浸透させ、助け合いの組織づくりにも取り組む考えだ。
 県道のかさ上げ工事や防潮堤整備などは完了し、同地区の被災跡地では津波に耐えた「ど根性ポプラ」を核とする広場が昨年完成した。震災を乗り越えた碑は、復興に向かうまちの様子、災害に強いまちづくりに向けた人々の取り組みを見守りながら、先人たちの教えを後世に伝え続ける。
東日本大震災の資料を見ながら復興の歩みを振り返り、今後のまちづくりを思い描く鈴木健悦さん(左)と前野浩哉さん
【2011年3月12日】 東日本大震災の津波に襲われ、甚大な被害を受けた浦浜地区

2020年01月11日 公開
[2019年05月22日 岩手日報掲載]

碑の場所を確認する

大船渡市三陸町越喜来・浦浜地区の津波慰霊碑

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石碑周辺の状況が体感できるVR動画は、東日本大震災の月命日に合わせて毎月1回配信します。
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