津波への畏怖と警鐘

山田町・織笠地区


山田町・織笠地区
 
 海岸から約300メートル離れた高台にある、山田町の織笠小。同校前の道端に、1896(明治29)年と1933(昭和8)年の両三陸大津波を伝える石碑が並んでいる。近隣住民によると以前は海岸沿いの低地にあったが、周辺の工事に伴い現在の場所に移された。
 明治の大津波を伝える石碑は、被災から3年の節目に旧織笠村住民会が建立。裏面に旧織笠村で72人が溺死し、家屋56戸、船56隻などが流失したことなどが漢文で刻まれている。
 陰暦の端午の節句だったため、お祝いで多くの人が酒に酔っていた夜だったことや、1丈(約3メートル)ほどの高さの波が山のふもとまで届いたことなど、当時の様子も織り交ぜて被害を伝える。末尾には津波の恐ろしさをきちんと知り、警戒するよう説く教訓が残されている。
 山崎忠蔵元村長が漢文を編集し、盛岡高等小学校(現下橋中)で米内光政や石川啄木らを指導した盛岡市の郷土史家、新渡戸仙岳が書をしたためたことなど、地域の歴史も伝えている。
 織笠小(児童38人)の佐藤均校長は「学校の前に石碑を建てたのは、子どもたちに伝えたいという意思の表れではないか」と先人の思いを推し量る。「児童たちは地元の人らから津波を伝える石碑だと教えられているようだ。思いを心で受け止め、未来へ歩んでほしい」と願う。

「風化させぬ」託す光

夢灯りに火をともす住民=2016年8月16日、山田町織笠
 東日本大震災で約9メートルの津波が襲い、家屋477棟が全壊、117人が犠牲になった山田町織笠。織笠地区コミュニティ推進協議会(896世帯)は震災の翌年から毎年8月に、地区の犠牲者と同じ数の灯籠をともして追悼する夢灯(あか)りを行っている。
 当日は夕方から地区住民が集まり、手作りの灯籠一つ一つに火をともす。柔らかな光に包まれる中、地元の竜泉寺の石ケ森桂山住職(45)が読経。檀家(だんか)の女性による梅花講が御詠歌を唱え、鎮魂の祈りをささげる。
 震災後、地元に残る津波伝承の石碑を意識するようになった佐藤沢利勝会長(71)は「今回の震災を絶対に風化させてはならない。夢灯りを通じて後世にずっと伝えていく」と誓う。
 織笠地区には新たに宅地が造成され、既に家が立ち並んでいる。震災時、織笠コミュニティセンターで避難所運営に携わり、寝たきりの高齢者や老人保健施設入所者のケアに苦慮した経験を持つ同協議会の菊地清文事務局長(67)は「住民の年齢などをしっかり把握しておく必要がある」と、平時に災害弱者対策の重要性を実感。
 「要介護者が日中だけ一人きりでいるケースなども考えられる。災害弱者対策を組み込んだ防災訓練を地区で話し合って行いたい」と計画する。
 復興工事が終盤となり、仮設だったコミュニティセンターも本年度末に本設が完成する。新たなまちの形が見える中、佐藤沢会長は「ハード整備のめどがついた今、防災も生活もソフト面が大切になる。津波以外の災害も含めてどう対応すべきか、地域で探っていきたい」と決意する。
津波で多くの家が流失した山田町織笠=2011年4月、山田町提供
被災地のかさ上げや高台造成が進み、家屋が建ち始めた山田町織笠=岩手日報社小型無人機で撮影

2019年03月11日 公開
[2019年03月11日 岩手日報掲載]

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山田町の碑

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