大河ドラマ『青天を衝け』の放送が終了した。日本資本主義の父と呼ばれた渋沢栄一の91歳までの生涯を描いた本作。栄一を演じた吉沢亮が放送開始前「新しい扉を開く」と語っていたが、まさに俳優・吉沢の“動”という新たな一面が存分に堪能できた。同時に“静”の芝居で魅せた徳川慶喜役の草なぎ剛と対峙したシーンの“画力”も、本作に圧倒的な深さを加えた。

【場面写真】病床の栄一に声をかける兼子(大島優子)

 吉沢は、ひとりの人間の13歳から91歳までの78年間という膨大な時間を、見事に演じ切った。吉沢と言えば、誰もが認める端正な顔立ちから、キラキラ青春ものなどにはもってこいの俳優のように思われるが、フィルモグラフィを見ていると、意外とどこかに影があったり、卑屈な心を抱いていたりするようなナイーブな青年を演じることが多かった。

 本人も過去の取材などで「派手な性格ではない」と話していたが、“陽”というよりは、内面に秘めるやや屈折した感情をにじませる“陰”の芝居は高く評価されてきた。“美しさ”が強調されがちな吉沢であるが、どちらかというと性格俳優という印象が強かった。

 そんな吉沢が挑んだ渋沢栄一という人物は、幼少期から好奇心旺盛で、疑問に思ったことは、解決するまで食らいつき、相手が誰であろうと自分の意見は主張するという“動”の男だ。とにかく口数が多く、停滞することが大嫌い。

 これまでの吉沢の演じてきた役とは、明らかに趣が違っていたが、まだ何者でもなかった栄一が、武蔵国血洗島村(現在の埼玉県深谷市)でまぶたを見開き、目を輝かせながら未来を語る姿は、一瞬に惹きつけられるほどエネルギッシュだった。まさに「新しい扉」を開いたと強く印象づけた。

 その後も、栄一は壁にぶち当たってはもがき苦しみ、そして“生き抜くこと”にまい進する。この“生き抜くこと”というのは、本作の大きなテーマとなっているが、幕末という自分の信じるもののためになら命を捨てることが美徳とされた時代に、栄一は真っ向から異を唱える。「とにかく生きろ」というメッセージを心の内から拡散させる栄一の熱量の高い表現も圧巻だった。“強い吉沢”に感嘆した視聴者は多かっただろう。

■“静”の慶喜 草なぎ剛がまとう“いい意味の不気味さ”

 そんな吉沢演じる“動”の栄一に対して、“静”の芝居を見せたのが徳川慶喜演じる草なぎだ。慶喜の歴史的評価は非常に幅がある。徳川総大将という立場ながら、鳥羽・伏見の戦いで、大坂城を後にし、江戸に戻ったことで、無責任に政権を投げ出した“愚将”であるという意見と、一方で旧態依然とした幕藩体制の限界を察し、無駄な戦いを避けようとした先見の明がある“名君”という見方だ。

 草なぎは、そんな慶喜のミステリアスな部分を見事に演じた。慶喜は基本的に自身の思いや感情をほとんど表に出さない。草なぎと対峙した吉沢も、芝居中に草なぎの意図がまったく分からないと困惑することが多かったと話していたが、当然のことながら視聴者も「なにを考えているのか分からない」という、いい意味の不気味さがあった。

 劇中、栄一は誤解されている慶喜の汚名を返上したいという思いで、伝記を編さんすることに自身の晩年を捧げるが、そんな栄一の行動に感情移入できるのは、視聴者も「慶喜の本心が知りたい」と思ったからだろう。それは草なぎのミステリアスな表情が大きく影響していると言える。

 そんな“静”の慶喜だからこそ、感情が漏れ出る瞬間には、心がかきむしられる。第16回「恩人暗殺」では、側近として信頼していた平岡円四郎(堤真一)が暗殺された際、円四郎が「尽未来際、どこまでもお供つかまつります」と話していたことを想起し、亡骸に「尽未来際と申したではないか…」とつぶやき涙を流すシーンは圧巻だった。

 エネルギッシュに時代を引っ張っていく栄一。「自分が表に出ると新たな火種の元になる」とひっそりと暮らす慶喜。第40回「栄一、海を越えて」では、“動”の吉沢と“静”の草なぎが、本作の大きなテーマである“生き抜くこと”で最後の対峙を見せる。

 慶喜はパリから来た自身の立ち振る舞いを責める徳川昭武からの手紙が、栄一の意図を汲んだものだと分かっていたというと「あのころからずっといつ死ぬべきか自分に問うてきた」と発する。そして「生きていてよかった。話をすることができてよかった。尽未来際共に生きていてくれて感謝しておる」と栄一に笑顔を見せる。

 そして最後に慶喜は「快なり、快なり、快なり、快なりじゃ!」とこれまで見せたことのないような満面の笑みを浮かべると、栄一は静かに涙を流す。“静”と“動”が入れ替わるような形で最後を迎える2人のラストは、この大河ドラマが伝えるメッセージが凝縮されたような瞬間だった。

 全41回と、これまでの大河ドラマより回数は短かったが、名シーンは数知れず。ここでは吉沢と草なぎの名演に的を絞ったが、非常に味わい深く語りどころが多い大河ドラマだった。(文・磯部正和)