今年7月にフランスで開催された世界三大映画祭の一つ「第74回カンヌ国際映画祭2021」で「ある視点」部門のオープニング作品として上映された、フランスのアルチュール・アラリ監督作『ONODA』(フランス、日本、ドイツ、ベルギー、イタリア)が、『ONODA 一万夜を越えて』の邦題で本日(8日)より日本で全国公開される。1974年3月、終戦後約30年の時を経て帰還し「最後の日本兵」と呼ばれた旧陸軍少尉・小野田寛郎(おのだ・ひろお)さんが終戦を知らずに30年、フィリピン・ルバング島で潜伏生活を送った実話をもとにした物語。小野田さんの青年期を演じた遠藤雄弥と成年期を演じた津田寛治に話を聞いた。

【画像】報道写真の小野田寛郎さんと劇中写真の比較画像

――おふたりで主人公・小野田寛郎を演じることについてどう思われましたか?

【津田】フランスで小野田寛郎さんの映画を作るため日本人キャストのオーディションがあると聞いて、あの小野田寛郎さんを映画化!? しかも、フランスの新進気鋭の監督が!?とびっくりしましたよね。皆目見当がつかなかったけど、僕は「断る」という選択肢がない俳優なので(笑)。とりあえずアーミー柄のTシャツを着てアルチュール監督に会いに行きました。ビニール傘も持っていって、銃を構える格好を見せたり、髭も付けていったんですけど、「付け髭は取ってもらえますか」と言われたことが印象に残っています(笑)。

【遠藤】僕もアルチュール監督が『ONODA』のキャスティングのために来日していた時に、オーディションを受けてみないか、と声をかけていただきました。出演が決まってうれしかったんですが、監督はフランス人ですし、フランス語はおろか英語もしゃべれない僕で大丈夫かな?と不安はありましたね。

【津田】先に遠藤くんが決まったことを聞いたんですね。そこで一度、僕の出演はないな、と思ったんです。あんまり似ていないと思ったから。でもその後、決まったという連絡をもらって、うれしかったんですが、遠藤くんと僕が小野田寛郎さんを演じる? どうなるんだ?と思いました。

 遠藤くんとは、彼の映画初主演作『シャカリキ!』(2008年)で初めて共演したんですが、その時、僕は学校の先生役でした。まさか、遠藤くんと二人一役をやることになるとは思ってもみなかったですね(笑)。

――カンボジアで約4ヶ月、撮影をされたそうですが、いかがでしたか?

【津田】出演パートが違うので、遠藤くんとは現場で一緒になることはあんまりなかったんだけど、遠藤くんと小塚金七役の松浦祐也くんがクランクアップする現場に立ち会うことができたんですね。夜の浜辺で遠藤くんが泣きじゃくりながら、「松浦さんがいてくれなかったら俺、ここまでできなかった」と言うのを見ていたら、僕も涙が出てきちゃったし、通訳の澁谷悠くんも泣いているのを見て、いい撮影ができたんだなと感じました。重いバトンをもらったな、と思いました。

【遠藤】いやぁ~、あの時は感極まっちゃいましたね(笑)。正直、プレッシャーもすごくあって、やれるかなって思っていたんですけど、小野田にとって小塚は最後まで一緒にいた戦友。二人の信頼関係は、この映画にとっても大事なところでしたし、実際、松浦さんが支えてくださっていました。

【津田】撮影現場はけっこう壮絶だと聞いていたんです。みんなお腹壊したり、熱を出したりして、1回はダウンしているって。

【遠藤】東南アジアあるあるというか、ローカルなお店で食事して体調を崩すということはありましたね。津田さんは大丈夫でしたか?

【津田】僕は痩せてないといけないから、カンボジアに行ってからもあまり食べなかったんですよね(笑)。今回、ジャングルで30年間潜伏生活をしていた兵士の役、カンボジアでロケということで、相当覚悟して臨みました。この作品をやり遂げた後は、元には戻れないだろうと思ったんですね。減量もするし、日焼けもするし、10歳くらい老け込んだ感じになりそうだったので、これを機に老け役にシフトしてもいい。それぐらい覚悟して行ったのは覚えています。そうしたら、きっちり週休2日で、思ったよりゆとりがあって、自分の体調管理をしつつやり遂げられました。監督をはじめフランスのスタッフは家族を連れてきていて、パーティーとかしていたよね(笑)。お国柄の違いを感じましたね。

――アルチュール監督はいかがでしたか?

【遠藤】ジャングルに取り残された日本兵の役なので、11キロくらい痩せてカンボジアに入ったんです。そこで監督と再会したら、「痩せ過ぎだ」と言われて。「遠藤さんがそんなに痩せていると、津田さんがもっと痩せないといけなくなる」って言ってました。「撮影が始まる1週間後までに太ってくれ」と、食パンとかピーナッツバターとか、カロリーの高い食べ物がいっぱい入った袋を渡されて、「全部食べて」って(笑)。体重を計っていないから何キロ太ったかわからないけど、短期間で太るのも大変でした。何事もやり過ぎはよくないな、と思いました。

【津田】アルチュール監督は、芝居をすると「NG」なんですよ。ジャングルの中を走るシーンがあったんだけど、「カット」がかかった後、監督が通訳の澁谷くんに向かって猛烈に何か言ってて、澁谷くんが駆け寄ってきて、「監督が、疲れてもいないのに疲れた芝居をしているのが嫌だ、と言ってます。ちょっとその辺を走ってきてもらえますか?」って。それぐらいこなれた芝居を嫌がる監督でした。その洗礼は遠藤くんたちも受けたと思うんです。『ONODA』の撮影後、遠藤くんが『特捜9』(テレビ朝日/2019年6月放送のseason2・第9話)にゲスト出演してくれた時に、すごく良い芝居をしていて、遠藤くんはカンボジアでの経験をしっかり自分のものにしているなって。自分はどうなんだって、すごく焦ったことを覚えています。

【遠藤】そんな…、ありがとうございます。ものにできているか、自分ではよくわからないのですが、この映画に携われたことは僕のキャリアの中で大きな財産になったのは間違いないですね。それと、映画って国籍も文化も言葉も超えるんだな、ということ。現場に通訳がいてくれるとはいえ、大丈夫かな?と不安だったんですが、撮影が始まったら、意外と意思疎通できるな、という感覚になりました。現場で監督が満足しているのか、していないのか、というのが手に取るようにわかって、クランクインする前に抱いていた不安はなくなっていったんですよね。

――アルチュール監督は、小野田寛郎さんのことを本で読んで知り、ものすごくひかれるものがあって、8年かけて映画化を実現させたとうかがいました。自分とは異なる価値観を持つ日本人、それも太平洋戦争の時代の日本人の、30年間ジャングルで生き抜くというこれまた稀有な経験を、映画という手段でいかに普遍的な物語として語ろうしたのか。遠藤さんと津田さんはどのように感じましたか?

【遠藤】ジャングルでアメリカ軍からの攻撃を受けるという極限状態に置かれた小野田さんをはじめ、生き残った日本兵たちが次第にひとつの家族のような絆を結んでいくところや、自分の信念を貫き、約束を守ろうとする人としての在り方に、アルチュール監督は興味を持ったのではないかな、と思いました。戦争が舞台になっていますが、小野田さんがジャングルに留まり続けるのはなぜなのか、というところに思いを巡らすと、現代を生きる僕らが気づくこともあるのではないか。映画にすることで、たくさんの人の心に届けようとしているんだな、と思いました。

【津田】太平洋戦争中の日本兵が出てくる映画はこれまでにもたくさんありますが、今回の台本を読んで、いままでにない日本兵の描かれ方だな、と思いました。さらに、撮影のためにカンボジアのジャングルに入って思ったのは、アルチュール監督が撮りたかったのはジャングルだったんじゃないか、ということ。それくらい、ジャングルに対する執着を感じました。小野田さんは日本に帰ることよりも、ジャングルに留まり続けることを選んだ。それはなぜなのか。ジャングルに何があるのか。小野田さんにとってジャングルとは何だったのか。監督自身、小野田さんにとってのジャングルを体感したかったんだろうな、と思いました。僕たちにも「体感してほしい」という感じでした。それは、できあがった映画を見て確信に変わりましたね。映画をご覧になる方も、ジャングルを体感してほしい。いままでにない映画体験ができると思います。