ニッポン放送『オールナイトニッポン』の元チーフディレクター・石井玄氏による初エッセイ『アフタートーク』(KADOKAWA)が、15日より発売された。300ページを超えるボリュームで、ラジオへの情熱と志を余すところなくつづった10年間の集大成となった1冊に込めた思い、ラジオ業界を志す人たちへの思いに迫った。

【写真】石井玄氏とパンサー向井が熱いトーク

 同書は「ラジオ制作や会社員にまつわる仕事論」「学生時代にラジオに救われてから業界を目指すまでの道のり」「ラジオをともに作ってきたパーソナリティー・放送作家・リスナーとのエピソード」の3パートで構成。関わった番組を語るコラム、放送作家の福田卓也氏、寺坂直毅氏、ラジオディレクター宗岡芳樹氏らとの対談、テレビプロデューサー・佐久間宣行氏による「元会社員が語る解説」などが収録されている。

■ラジオディレクターだからこそできること「主張するのはタダ」

――300ページ超の大作となりました。

大変でしたね、本当に…。あんまり著者はそういうことを言わないと伺いましたが、僕はあえて「大変だった」と言おうと思います(笑)。本を出している方からは、すごく応援をいただきますね。オードリーの若林正恭さん、星野源さん、佐久間宣行さんもそうですし、寺坂さん、藤井青銅さんも「大変だったでしょう」とねぎらってくれました(笑)。DJ松永くんも連載を持っているので、書き切ったことをすごく褒めてくれました。この先の人生で本を出すことはないだろうと思ったので、口述筆記ではなく、自分で書いてみようと挑戦したら、大変な思いをしました。次はないと思いますが、あるとしたら、口述筆記にしたいと思います(笑)。

――ラジオディレクターという職業について、かなり詳細につづられています。

プロデューサーは、番組やパーソナリティーのことを考えながらも、会社(放送局)のことも考えないといけない。イベントや番組の存続などのジャッジもして、(スタッフと会社の)間に挟まる存在です。一方、ディレクターはそうでない立場から行動を起こせるなと、自分がディレクターを担当していた当時から思っていて。「これやりたいです」といったチャレンジだったり、「面白いから続けたいんです」と番組のために主張することはできる存在だと考えています。主張するのはタダだし、終わらせないために忖度する必要はない。それでも番組が終わってしまう時は終わってしまうので、主張できるときはしておいた方がいいなと。プロデューサーや編成の方たちが、その考え方だとめちゃくちゃになってしまうのですが、ディレクターは純粋に番組のことだけを考えることができる立場だと思っていましたし、そういった意見を言った結果、番組を外されても本望だと考えていました。

――佐久間さんによる解説パートでは、ディレクターとプロデューサーの両方を経験した石井さんだからこそ、今後そういう機会があれば、新しい視点から番組が作れると思うとのエールがつづられています。

すごくうれしかったですね。佐久間さんも、コンテンツの部署と兼ねたお仕事をはじめ、テレビ東京の局員時代に、さまざまな経験をされた方ですし。ぼくもディレクター時代のように番組のことだけを考えていればいいという状況から、エンターテインメント開発部のプロデューサーという立場になったことで、視野が広がって、イベントが作れることは強みだなと感じています。

■ラジオ業界全体への思い アルピーANNシリーズでの成功体験が糧に

――ラジオ業界で働きたい人に読んでもらいたい?

書籍の中では「こういう方法論がありますよ」といったことも書いていて、そこまで書いてしまってもったいないと言われたりもしたのですが、それを活かしてもらって、ラジオ界が盛り上がってくれたらいいなという気持ちで書きました。ラジオは音声のメディアだから、“見える”何かが大事だなということは、ディレクター時代から考えていて。実態のつかめないものを評価する時に、可視化するものがイベントやグッズ、SNSであったりすると感じています。テレビやラジオというメディアは積み重ねてきたものがあって今があると思いますが、それ以外のこともやっていかないと、終わってしまうという危機感はずっと持ってきました。番組だけじゃなく、ラジオ自体が必要ないものって思われてしまったらいけないという気持ちです。

佐久間さんの解説にも、まさにそういった趣旨が書かれていて、わかってくれている人がいた、それが佐久間さんだったっていうのがうれしかったです。ただ、ひとつ載せてほしいのは、佐久間さんもラジオの番組本を出されましたけど、全部トークの書き起こしなので、本人が書かれたというわけではないんですよ(笑)。僕は全部書いたよということは、声を大にして言いたいです(笑)。トークであんなに面白いのが、すごいですけど。

――対談パートについても聞かせてください。

放送作家の福田(卓也)さんは、めったに表に出ない方なのですが、付き合いの長い僕がお願いしたので、しょうがなく出るという感じだったんじゃないかなと(笑)。業界の先輩で、僕が入った当初は先生的な存在でした。わからないことを教わっていて、福田流が最初に染み込んでいるので、アルピーANNシリーズでの長時間にわたる打ち合わせが普通だと思っていて(笑)。「オールナイトニッポンってこれだけ時間かけて作っているんだ」と本気で思っていたし、若かったからできたことですね。今だったら、絶対にやれないです(笑)。

カロリーをかけて作っていた番組だったので、終わった時はショックでしたけど、TBSラジオで形を変えて続いたという展開を考えると、決して無駄ではなかった、一生懸命作ったものはちゃんと伝わるんだ、それが結果につながるんだという、自分の中での成功体験にもなりました。

ラジオディレクターの宗岡(芳樹)さんとの対談もうれしかったです。ナインティナインさんはずっと続いていますが、お笑いのラジオをニッポン放送でやるって、僕が入った時はなかなか定着しないなという時期でして…。お笑いラジオをやりたいというスタッフは、当時、宗岡さんと2人きりだった気がします(笑)。そこから、お笑い好きな野上(大貴)くんが入ってきて、やっと来たぞと。この系譜で入ってきたから、もっと盛り上げていけるぞという時に今度は宗岡さんがニッポン放送をやめちゃって、野上もすぐに異動しちゃって、またひとりになった時期もありました。その後、宗岡さんとTBSラジオで一緒に仕事ができて、宗岡さんがいて今の僕があると思っていたので、ぜひ対談をしたかったんです。今は野上が寂しくならないようにお笑いの話を定期的に野上としています(笑)。

寺坂直毅さんとの対談では、インタビュアーの小田部仁さんが、2人の良さや共通点を引き出していただきました。ラジオが好きという共通項から、いろいろと話をすることができましたし、僕は寺坂さんのラジオにまつわるエピソードがすごく好きだったので、それを紹介することができて、うれしかったです。2人で飲みに行くことは、ないと思うので、小田部さんと3人でコロナが明けたら行きたいですね(笑)。

【石井玄(いしい・ひかる)】
1986年埼玉県春日部生まれ。2011年、ニッポン放送系列のラジオ制作会社サウンドマン入社(現ミックスゾーン)。ニッポン放送『オードリーのオールナイトニッポン』、『星野源のオールナイトニッポン』、『三四郎のオールナイトニッポン』、『佐久間宣行のオールナイトニッポン0』やTBSラジオ『アルコ&ピースD.C.GARAGE』などのラジオ番組にディレクターとして携わる。18年オールナイトニッポンのチーフディレクターに就任。2020年にミックスゾーン退社後、ニッポン放送入社。エンターテインメント開発部のプロデューサーとして、番組関連のイベント開催やグッズ制作など活躍の場を広げる。