落語家の笑福亭仁鶴さんが17日、骨髄異形成症候群のため大阪市内の自宅で死去した。84歳。仁鶴さんが30年以上にわたって司会を務めたNHK『バラエティー生活笑百科』(毎週土曜 後0:15)の21日放送では、番組冒頭とエンディングにテロップで「相談室長の笑福亭仁鶴さんが17日にご逝去されました。謹んで哀悼の意を表します」と偲んだ。

【写真】袴姿でレッドカーペットを歩く笑福亭仁鶴

 同番組は1985年4月に放送開始。司会の仁鶴さんの「四角い仁鶴がまぁーるくおさめまっせ~」のセリフで人気番組となった。30年以上司会を務め、長きにわたりお茶の間に親しまれてきたが、2017年5月に初めて仁鶴さんが休演。一時的に復帰したものの同年9月が最後の出演となった。

 仁鶴さんは大阪市生野区出身。1962年、6代目笑福亭松鶴に弟子入りし、翌年、3代目林家染丸師匠からの紹介で弊社に所属。劇場で高座に上がりながら、テレビ、ラジオ、ドラマ、映画、舞台など多彩な才能を各方面で発揮した。

 深夜ラジオ番組『オーサカ・オールナイト夜明けまでご一緒に』(ラジオ大阪)、『ABCヤングリクエスト』(朝日放送ラジオ)などでは、現代のラジオ番組の原型を作り上げ、ラジオ番組内で「どんなんかな~」「うれしかるかる」などのギャグを連発し、当時の若者から絶大な人気を得た。

 1967年4月には、吉本新喜劇女優で「たかこ姫」の愛称で親しまれた永隆子さんと結婚。その後は、1969年スタートの『ヤングおー!おー!』(毎日放送)では初代司会者に抜てきされるなど、その人気ぶりから「視聴率を5%上げる男」と評された。同年、ラジオ番組の企画で自ら作詞を手掛け、ビル掃除で働き懸命に子どもを育てる母親にエールを送る楽曲「おばちゃんのブルース」は大ヒットした。