近年は俳優としての活動以外にプロデューサー、監督、アーティストなど、様々な分野にチャレンジし続けている山田孝之。6月に公開される『はるヲうるひと』は俳優の佐藤二朗が原作・脚本・監督を手掛け、山田を“日本最高峰の俳優”と称賛し、主演として迎え入れた作品だ。しかし当初は本作のオファーを断っていたという山田。出演を決めた理由や、表現者としてのこだわりを聞いた。

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■役に入るあまり、カット後のスタッフの動きにも違和感…俳優では無く“劇中人物”になり切った、情念にも似た憑依


 架空の島の売春宿を舞台に、死んだ様に生きる男女がそれでも生き抜こうともがく壮絶な闘いを描いた本作。脚本を気に入った山田だったが、主人公・得太が大阪弁を話す設定だったことから、感情100%で臨めない、と出演を断ってしまったという。それを知った佐藤監督は得太の台詞を全て標準語に直し、山田は佐藤監督の思いを受け止めた。

「脚本は本当に凄く面白いと思っていました。なので今回お受けさせて頂いたのですが、それとは別に、得太というキャラクターへの思い入れもあったんです。二朗さんが十数年前に生み出し、舞台では二朗さんご自身が演じられましたが、それ以降は得太は重たいものを抱え込んだまま、ずっとひとりぼっちだったんですよね。このキャラクターが背負っているものはあまりにも重くて大きすぎるから、誰かが寄り添ってあげなきゃと思ったし、『僕が演じることで得太のことを一人でも多くの人に知ってもらえたら』という思いもありました」

 これまで幅広い作品で様々な役柄を演じてきた山田だが、本作では今まで見せたことのないような壮絶な芝居で観る者を圧倒する。現場では、どのように緊張感を保ちながら得太という難役に挑んでいたのだろうか。

「自分をどんどん孤独に追い込んでいくということをしました。それから、どの役でも毎回やっていることではありますが、とにかく“役を作ること”。劇中で得太が独白するシーンがあるのですが、撮影していてカットがかかるとカメラのアングルを変えて撮るためにスタッフが準備をするんですね。すると、僕は得太の気持ちを保っているので、『なんでこんなわけのわからない人達がワーっと(撮影場所)に入ってくるんだ』とか、『誰も僕のことなんか見ないし、誰もケアしてくれない』と思うわけです。スタッフは自分の仕事をしてるだけなので、それは当然なのですが、そういったことを僕じゃなくて、得太として受け止めるようにしていました」

■映像作品だからこそ見せたい“余白”「僕が作りたいものはわかりやすいものではない」

 彼が演じてきたキャラクターは、どれも「あの役は山田孝之にしか演じられない」という声が多くあがり、どの作品でも独特の存在感を放ってきた。だが、それを本人に伝えると「そんなことないですよ。他にできる人はいっぱいいます」と、真っすぐな瞳で答えた。そんな彼に、“演じるうえで大事にしていることは何か?”を尋ねてみた。

「“伝えすぎないこと”が大事なんじゃないかな、とは思いますね。“これはこうです”と全部の答えを出してしまったら楽しめないから。例えば、小説だったら自分で色んなことを想像しながら読めますが、映像作品は全てをこちら側で作って見せるので、“ここはこういう感情です”と分かりやすくするよりも、『本当はこの人、何を思ってるんだろう?』とか『なんでああいう表情をしたんだろう?』と、観る人それぞれが考えられたほうが面白いと思うんです。と言いつつも、芝居している瞬間はそこまで意識してなかったりしますが、“伝えすぎない”というのは芝居に限らず、監督やプロデューサーをやる時も大事にしていることです」

 2019年には映画『デイアンドナイト』のプロデューサーを務め、今年は竹中直人、斎藤工と共に映画『ゾッキ』の監督を務めた彼は、クリエイターとして常に“余白”を意識しているという。

「『デイアンドナイト』は脚本作りから携わっていて、編集の段階になって、『もうちょっとわかりやすく見せたほうがいいんじゃないか』と悩むことも正直ありました。ただ、僕の好みとしては1回観て理解できるような映画ではなく、2、3回観ることで理解が深まるような作品がいいなと思ったので、『これってこういうことなのかな?』と考えられる余白を大事にしました。理解力ってそれぞれ個体差があるじゃないですか。だから誰が観てもわかるように作った作品は、説明しすぎない作品を好む人達にとったらもの凄くつまらないものになってしまうんです。もちろんアクション大作とか、何も考えずに観られるエンタメ映画が観たい気分の時もあるので、何が良いとか悪いって話ではなくて、バランス良く色々な作品があっていいと思っています。ただ、僕が作りたいのはわかりやすいものではないということです」

■俳優が監督を務める現場には“圧倒的な思いやり”がある 自身の監督作品でも取り入れた労働環境の改善策とは

 海外ではプロデューサーを兼任していたり、監督として映画を撮る俳優も多く、日本でも、佐藤二朗やオダギリジョーなどの俳優が商業映画を撮る機会が増えている。ただ、それでも海外に比べるとまだまだ少ない。フラットな感覚で俳優業以外のことに果敢に挑戦している山田は、そのことをどう思っているのだろうか。

「“俳優が○○に挑戦”とか“女性初”、“最年少”といった見出しを観ると『いつまでそんなこと言ってるの?』と思いますよね。年齢とか性別、肩書きなんか別にどうでもいいじゃんって。僕が昨年立ち上げた新プロジェクト「MIRRORLIAR FILMS-ミラーライアーフィルムズ-」では、24枠が著名人・映画監督、12枠が一般公募の総勢36人の映画監督による短編オムニバス映画を製作していて、公式ホームページに安藤政信さんや柴咲コウちゃんといった俳優から、山下敦弘監督、藤井道人監督といった監督の他に、一般公募で選ばれた方の写真が今後ズラッと並ぶ予定なんですね。その時に、一般の方の写真の横に“一般クリエイター”と入れようという意見があったのですが、『それは消してください』と言いました。それは各々の意識の問題ですが、僕としてはあまりそこの線引きをしたくなくて。今後は、当たり前のように映画監督に挑戦する人が増えればいいなと思っています」

 俳優が監督を務める現場と、そうでない現場での違いを問うと「圧倒的な思いやり」だという。「今回の二朗さんの現場でいえば、俳優にとって何が辛いとか、何がやりやすいとかがわかるから、そういうのを考えてくれてたと思うんです。でも、『俳優を追い込んだほうがいい』という監督がいても全然いいし、そこに文句を言うつもりもないです。パワハラとか言い出したらキリが無いですから。ただ、『デイアンドナイト』の時に自分が何をすべきかが見えてきたので、それを『ゾッキ』の現場で実行してみました。例えば、一日の撮影が終わったら絶対に8時間空けるというルールを作って、しっかり睡眠をとれるようにしたら、毎日スタッフも俳優もみんな元気だったんです。人間は睡眠とメンタルをケアしないと、ちょっとしたことでイライラしたり、人のミスが許せなくなったりする。だから、8時間の間でフィジカルもメンタルも回復させながら撮影を続ければ、うまくいくのは当然ですよね」

■ルールを主張するために自ら出資「本当はプロデューサーなんかやりたくない」

 長年業界のトップを走り続けてきた山田の言葉には、説得力がある。きっと疲弊したスタッフや俳優達をこれまで沢山見てきたのだろう。これまで労働環境の改善を求めるよう訴えたことがあるか聞いてみると、「訴えても何も変わらなかったから、自らプロデューサーをやってるんです」と苦笑いし、「本当はプロデューサーなんかやりたくないし、芝居だけやっていたいですよ。だけど、変えていきたいという思いがあるんです。だから『デイアンドナイト』で、プロデューサーとして責任を持ってお金を集めて、自分でも資金を出すことで、ルールを主張する権利を持つことができた。その時の経験はこれからも生かしたいですね。とにかくスタッフにも俳優にも良い仕事をしてもらって、良作を作りたいんです。そうやってできたものがアジア諸国や他の国にも広がって、できるだけ沢山の人に観てもらいたいという気持ちでやっています」

 1999年に俳優デビューを果たしたのち、ドラマ『WATER BOYS』や映画『電車男』で主演を務め、その後も『白夜行』『世界の中心で、愛をさけぶ』『クローズZERO』『勇者ヨシヒコ』『闇金ウシジマくん』など、常にオンリーワンの俳優としてキャリアを確実に積んできた山田だが、デビュー当時に今の自身の立ち位置を想定していたのだろうか。

「当時まだ僕15歳ですよ。するわけないじゃないですか(笑)。デビューして2年ぐらいはこの仕事を楽しむ余裕もなく、ただただ必死でした。これまで俳優を22年間やってきましたが、とにかく色んな作品、色んな役、色んな人と組むことで飽きることなく芝居を続けてこられたし、むしろ自分を飽きさせないように色んなことをやっているところがあります。様々な活動の中で『これがヒットしたらどうなっちゃうのか?』とか『こういうことってどう思う?』みたいなことを、これからも飽きずに発信していけたらなと思っています」

(取材・文/奥村百恵)