文筆家・書店オーナー・「暮しの手帖」元編集長などさまざまな肩書きを持つ、クリエィティブディレクター、エッセイストの松浦弥太郎が初めて監督した劇場用長編ドキュメンタリー映画『場所はいつも旅先だった』が、10月29日より渋谷ホワイトシネクイント(東京)ほかで公開される。世界5ヶ国・6都市でロケを敢行したエッセイ集のようなドキュメンタリー。朗読は小林賢太郎、主題歌はアン・サリーが担当している。

【写真】旅先で食べる朝食って感じ

 松浦自身が2011年に著した旅にまつわる自伝的エッセイ集「場所はいつも旅先だった」と同名のタイトルながら、内容は映画オリジナルで、松浦が世界5ヶ国・6都市を自ら旅して、一本のドキュメンタリー映画としてまとめあげたもの。ロケ地に選んだのは、サンフランシスコ(アメリカ)、シギリア(スリランカ)、マルセイユ(フランス)、メルボルン(スペイン)、台北・台南(台湾)。

 いずれも「現地の人々の日常の営みを感じられる」からと、撮影は主に早朝と深夜に行い、そこで起こる出会いとかけがえのない日々を、飾らない言葉でひとつひとつ綴るエッセイ集のような映画に仕上げる。

●松浦弥太郎(監督)のコメント

「ただいま」と言うと、
「どうだった? 旅」と聞かれる。
「うん、よかったよ」と答えるけれど、
何がよかったのかを話すのはむつかしい。
家族や友に、あの日あのときあの場所のひとときを話したいけれど、
よかったこととは、目の前で起きたことではなく、
僕の心のなかで起きた、静かな安らぎや、ほんのささやかな喜び、
やわらかくしなやかな気分とか、
そして、すべてへの感謝といういのちの灯火、
心地よい風に包まれたほんとうの自由、というような。
僕の旅は、そういうなんと言ったらよいか、
予定をつくらず、ただちがった街へゆく、
何をしにでもなく、何のためでもない、
ちがった街のちがった一日のなかにいるだけのしあわせ。

忘れていたひとりの自分に出会うために歩く、
まるで「針のない時計」のような旅だと思う。

そんな旅を伝えたくて、いつものように文章や言葉ではなく、
映画という、僕にとって新しい手段で作ってみようと思いました。
あなたと一緒に歩いているかのように。

旅の終わりの早朝、
その街のいちばん高いところへゆき、
遠くかなたにいるあなたへ大きく手を振る僕なのです。

●小林賢太郎(朗読)のコメント
 こんなふうに世界を旅すれば、不安や怖さを感じることもあるはず。けれどこの映画には、常に変わらない安心感がある。それはきっと、松浦監督の視点の軸が、自分じゃなくて相手にあるからだと思った。この安心感をそのまま観る人に手渡す。そんな気持ちで、声を添えさせてもらいました。

●アン・サリー(主題歌)のコメント
予定を決めず気の向くまま流れに身を任せる旅。
大人の身動き取りづらさに加え、さらにコロナの世界になったことで、
自由に旅することは夢のようにさえ想える。
そんな今だから一層、かつての松浦さんの美しい旅の日々、
早朝と深夜の街歩きを追体験すると、
その情景と紡がれる言葉は深く胸に響いてくる。
もうコロナ以前の世界に戻ることはないのではないかと、
振り返れば無邪気だった日常への胸の疼きもどこかにある。
でも映画の最後、夜明けの場面と共に「あたらしい朝」が流れたとき、信じられる気がした。
今、この瞬間にもあの旅する日々は地続きで続いているのだと。