『クワイ河に虹をかけた男』(2016年)で旧日本軍の贖罪と和解に生涯を捧げた永瀬隆を20年にわたって取材し続けた満田康弘のライフワークともいうべき題材を取り上げた渾身の第2作、1944年のオーストラリアで起こった史上最多の集団捕虜脱走“カウラ事件”の真相に迫る『カウラは忘れない』が、本作製作の瀬戸内海放送の地元、岡山シネマ・クレールで7月2日から、香川ソレイユ・2で7月9日から先行ロードショーが決定。今夏、ポレポレ東中野ほか全国で順次公開される。ティザービジュアルに写っているのは、集団脱走を試みた捕虜たちが使っていたグローブだ。

【写真】満田康弘監督

 太平洋戦争中の1944年8月、オーストラリアの田舎町カウラにあった捕虜収容所で近代戦史上最大といわれる捕虜脱走事件が起こった。日本人捕虜234人、オーストラリア人の監視兵ら4人が死亡。カウラ事件である。正確に言えば「脱走」ではない。日本人捕虜の目的は「死」だった。事件はなぜ起きたのか? 「戦陣訓」に象徴される「捕虜を恥」とする旧日本軍の教義、当時の日本の「空気」がその背景
にはあった。

 一方、収容所で手厚い保護を受けた生活を送るうち、捕虜たちの間には生への執着が確実に芽生えていた。“生きられれば生きたい”事件の生存者は正直な心理を吐露する。だが、その思いはある捕虜のひと言でかき消されてしまった。「貴様らそれでも帝国軍人か!」。決行か否か、捕虜たちが選んだのは全員による投票だった。その結果は――。同じ状況に置かれたとき、あなたは大きな声にあらがうことができるか? 生存者たちに今なお残る悔恨、その思いを受け止めようとする若者や演劇人、事件を教訓に和解への道を歩んできたカウラの人々――。事件がコロナの時代を生きる我々に問いかけるものは何か。

 満田監督は「『クワイ河』が捕虜問題のコインの表とすると『カウラ』は裏。戦陣訓に象徴される捕虜の人権無視が泰緬鉄道などでは捕虜虐待に、カウラでは絶望的な脱走を生みました。加えてカウラ事件はその決行へ至る経緯で極めて日本人的な心理が働いています。同調圧力と空気に支配された先の悲劇は、現代の日本人に重い教訓を発しています」。

 “カウラ事件”を題材にした公演をオーストラリアで実現させ、本作の製作にも大きくかかわった坂手洋二氏(Theater company RINKOGUN 燐光群)は「オーストラリアで『戦争の狂気』といえば、誰もが真っ先に『カウラ事件』を思い浮かべる。まわりに何もない大陸の真ん中から、1000人の捕虜たちが、いったいどこへ脱走するというのか。なんという絶望と自己否定の強さ。その後『カウラの班長会議』という劇を作り、大脱走から70周年の記念行事で上演し、その歴史を抱いたカウラの人たちと交流できたことは忘れがたい。そして今この国で、平和憲法があるという安心感の脆弱さを思う」と、コメントしている。