昨年から教育改革の一環として小学校での英語教育の強化が実施される中、就学前の幼児や赤ちゃんへの早期英語教育の需要も高まっている。早いうちから英語に親しみ、学習能力を身に着けることで、その後の英語力を大きく左右されると言われる中で、思考力を育てるためには幼児は母国語で学習した方が良いとの声もある。2言語を話すも思考力が追いつかない“セミリンガル”の壁もある中で、早期英語教育は本当に必要なのか。

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■生後10ヵ月を境にLとRを聞き分けられなくなる? 早期教育の利点・欠点

 中国や韓国など、アジア各国において、政府のみならず各家庭が高い意識を持ち、着実に国全体の英語力を年々底上げしている。そんな中、かねてから英語能力試験における日本の成績はアジア圏最低レベルで、『TOEFL iBT(2019)国別ランキング』において、「スピーキング」はアジア圏29ヵ国で最下位だった。政治家の英語力の低さを諸外国からしばしば揶揄されることもある日本。現状を打破するためには、やはり早期英語教育がカギになってくるのか。日本の英語教育の課題とは。ベネッセの幼児・小学生向け英会話教室「ビースタジオ」の戦略推進部副部長の沓澤糸氏に聞いた。

――英語教育は何歳から始めるべきだとお考えですか。

【沓澤糸】それぞれのご家庭の考え方や環境に応じて、英語学習を始める時期はいつでも良いと思っています。ただ、第二言語習得の研究で" Older is faster, younger is better. "とあるように、ある程度成長して思考力が身についてから学ぶことで効率よく習得することは出来ますが、幼児期から始めた方が聞き取りや発音の反復を通して、質の良い英語力が身につくと言われています。まだ言葉が喋れない乳幼児期から英語の音に親しむなど、ストレスなく英語に向き合うことができます。

――大人になってから英語の発音取得は困難とも言われていますが、何歳までの英語教育が重要だとお考えですか。

【沓澤糸】生後10ヵ月を境に、LとRを聞き分けられなくなるという研究結果があります。母語の基礎が固まると日本語を介して英語を聞くようになるので、その前の幼児期の段階の方が素直に英語の音を聞き取ることができると考えられています。以前は、一定の時期を越えると言語の習得に限界があるという”臨界期”の考え方が主流でしたが、今では”敏感期”と言われ、一番習得しやすい時期、つまり聞き取りの能力がつきやすい時期を超えても、やり方次第で習得ができると言われています。ただ、日本語に囲まれた環境で育ち、大人になってから英語の音を習得するとなると苦労するのは間違いないと思います。ですので、生後10ヵ月とは言わなくても、幼児期や小学校低学年までに英語に親しむことが効果的であると私たちは考えています。

――早期に英語を学ぶことによるメリット、デメリットとして、どういったことが挙げられますか?

【沓澤糸】メリットとしてはまず、音の習得の早さがあると思います。幼児期は恥ずかしいという気持ちやためらいなく、声に出すことができます。また、子どもは同じことを何度でも飽きずに真似することも得意ですから、音を素直に聞き入れて、そのまま発音する練習も楽しみながら繰り返しスムーズに行うことができます。発達段階として、小学校3年生頃から自分が他の子よりも苦手な部分があることなどに気づき、劣等感を持ち始めると言われていますが、語彙や表現を小さいうちから身につけていることで、一歩リードして有能感や自尊心を持って英語に向かっていくことができます。

――得意な分野は進んで勉強したくなりますもんね。

【沓澤糸】イタリアの研究によると、小学校から英語の学習を始めた子の方が、その後の読む力、書く力、聞く力にそれぞれアドバンテージがあるという結果が出ています。また、言葉は外国への文化や歴史への入り口でもあるので、異文化への意識が高まったり、そこの人たちと交わることへの積極性へも繋がっていきます。他にも、母語とは違う言語を学ぶことで言葉自体への興味が芽生えやすく、母語への敏感性が増すなどのメリットがあると言われています。逆にデメリットとしては、英語学習をストレスに感じていた場合、早くから嫌悪感を抱いてしまうことです。子どもの状況を見ながら、英語習得をどのような時間・バランスで行うのか、各ご家庭での検討は必要だと思います。

■早期教育は自尊心の発達に影響? 身につきやすい幼児の英語の勉強方法とは

――英語にかぎらず、 “早期教育”は必要なのでしょうか。

【沓澤糸】その学習内容に対して子どもが興味を示しているか、楽しいと思っているかがとても重要です。大人が必要と思っていても、そこが保証されていなければ子どもにとっては意欲や自信を削がれてしまい、自尊心の発達に影響が出てしまうこともあります。その辺りは周りの大人が留意しなければいけないと思います。同時に、子どもが自分で問いを立てる力もすごく重要で、与えられたことがわかるだけではなく、これはなんだろうって自分で手を伸ばしていくことも大切です。そのため、全部大人がカリキュラムを組んでいくのではなく、子ども自身が興味を持って自主的に活動できる時間をしっかり作ってあげる、それを妨げない教育の在り方を考えてあげる必要があると思っています。

――早期英語教育は母語に悪影響があるとの声も上がっていますが、どのようにお考えですか。

【沓澤糸】英語を与える時間によるのではないかと考えています。例えば、韓国は英語教育に非常に熱心ですが、英語を喋れるようになっても母語の発達や、韓国人としてのアイデンティティが育つのかということが問題視されており、日本でも同じようなことが指摘されています。実際に駐在先にお子さまを連れて行った方にお話を伺うと、学校での授業に加え、母語を失わないために日本語の塾に通うなど、皆さん相当な努力をされています。ただ、日本で週に1~2時間の英語の学習を行う分には、ご家庭での保護者の方とのコニュニケーションなどほとんどの時間は母語で過ごしますので、母語の発達には影響しないと考えています。

――幼児の英語教育において、どのような学習方法が有効なのでしょうか。

【沓澤糸】英語教育には”理解可能なインプット”という言葉があり、その子が分かるインプットが一定割合ないと、子どもの意欲が削がれたり、新しい知識が得られない可能性があります。なので、復習など理解出来る部分を入れながら、背伸びすれば出来る課題を一定量入れていくことが効果的だと考えられています。

――発音が良い・悪い子どもの分かれ道はどこにありますか。

【沓澤糸】上手く発音するためにはまず、そもそもその音を聞き取れることが必要です。日本語に囲まれた環境の中では、意識的に英語の音の特徴にフォーカスして、毎日その音に触れ続けることが効果的です。そこからさらに聞き取れた音を発音するには、舌の使い方なども習得していくことが必要になってくると考えています。

――1日どれくらい学ぶべきなのでしょうか。

【沓澤糸】ネイティブ並みの言語習得には、累計で数千時間が必要などと言われています。しかし赤ちゃんの時から1日10時間英語を聞いて、小学生の時期にその時間を達成すれば英語力がつくかといったらそうではありません。年齢に応じて習得する語彙や表現があるので、子どものうちに時間を詰めて英語だけを聞かせるだけで大人になってもネイティブ並みになるということではないと考えています。バイリンガルを目指すなら両言語を均等に聞ける環境が最も理想ですが、その場合も、子どもが両言語をしっかり理解できる環境を整えることができなければ両言語とも不完全なセミリンガルになってしまう危険性もあります。英語学習は継続が大切ですので、やはり毎日少しずつでも触れていくことが大切だと思っています。

■バイリンガル教育には「1人1言語の原則」父と母が1言語だけを話し続けることが重要

――“セミリンガル”と“バイリンガル”の違いは何ですか。

【沓澤糸】両言語の習得が不十分になってしまうことをセミリンガルと表現されていますが、その要因は、環境やいろんな要素が複雑に絡んでいると言われています。バイリンガル教育では「1人1言語の原則」が重要視されており、例えば家庭内で保護者の方が子どもに話しかける言語をそれぞれ1言語に限定し、お母さまは英語、お父さまは日本語といったようにルールを決めることが大切とされています。一方で、言語習得理論では氷山モデルと言われるのですが、表面上は2言語が独立しているように見えても、言語力のベースは1つであり、その土台がしっかり作られていることが大切であるという考え方があります。2言語習得している場合も含め、どちらかの言語で学校の授業についていけるだけの力を持てないと、もう一つの言語も伸び悩んでしまう危険もありますので、まずは母語がしっかりと「思考の道具」として使える状態になることが必要です。

――先進国の中で日本の英語力はかなり低いと言われていますが、その原因は何だと思われますか。

【沓澤糸】各国の取り巻く環境が違うので単純に比較はできないと思っていますが、まず学校教育の学習時間自体が違う点が挙げられます。韓国や中国は、ものすごい勢いで外国語学習のカリキュラムを増やしています。さらに校外の学習もすごく盛んで、各家庭で英語教育にかなりの投資をしています。その背景として特に韓国は国内マーケットが狭く、英語力が高くなければ将来の給料に大きな格差が生じるため、英語学習への必然性が高いと言えます。それに対し、日本は学習時間も異なりますし、英語力への社会的必然性も韓国ほどは大きくないので、強い目標や目的を持たない限り本当に英語が必要なのか?という疑問に繋がってしまい、せっかく伸びかけた力がそこで中断してしまうこともあります。

――今後、日本人の英語力をあげるために必要なことは何だと思われますか。

【沓澤糸】私個人としては、英語を使う機会をもっと増やしてあげたいと思っています。自分の英語で外国の方とコミュニケーションが取れたという成功体験があれば、更に英語を学んでいくモチベーションに繋げていくことができます。現在はインターネットを通じて、誰でも簡単に自分の気持ちを自分の言葉で伝えて通じ合うことができる社会になっています。小さいうちから、そういった実践的な英語を使う機会を日本にいながらでも増やしていくことで、長い目で見た時に日本の英語力のかさ上げにも寄与すると思います。国が留学政策も打っても応募者が多くないという問題もありますので、その前段階での経験を積める場がたくさんあり、子どもたちがチャレンジする自信を身に着けることができればいいのではないかと思っています。


(取材・文=鈴木ゆかり)