昭和2年創業の『旭屋ガラス店』(神戸市長田区)。平成に入ると家の洋式化が進み、ガラス障子の需要は激減したものの、令和時代の今、生産が追い付かない状況を迎えているという。昭和型板ガラスを使ったお皿やステンドグラスが、若い世代には「オシャレ」、上の世代には「懐かしい」とSNSで話題を呼んでいるのだ。今年で創業95年目をむかえる旭屋。昭和ガラスを守り続けてきた理由を3代目・古舘嘉一さんに聞いた。

【写真】懐かしい? 新しい? ヒット中の昭和ガラスのおしゃれ皿&ランプ

■脱サラし、祖父と父が紡いできた家業の3代目に「トリプルワークで綱渡り(笑)」

――まず初めに、昭和2年にどのような経緯で創業されたのでしょうか。

私の祖父が長田の商店街で店を構えて、そこからガラス店を始めました。

――当時は主にどのような製品を制作されていましたか。

私の祖父と父は一般的なガラス屋なので、ガラスなどの取付け、割れ替えが主です。その時代の流れやニーズ等により、金物の販売や、父の代ではアルミサッシの導入などがあったと聞いています。昭和の初めは業界で言われる並板ガラス、厚さ2ミリのガラスが主流でしたが、だんだんとガラスの厚みも厚くなり、網入りのガラスなんかも使われるようになってきました。

――平成に入ると家の間取りやトレンドも大きく変化しましたが、ガラス需要はどのように変化しましたか。

昭和後期には木製建具からアルミ製建具に移り代わり、ガラスも機能硝子と言われる、合わせガラス(防犯ガラス)やペアガラス(断熱ガラス)が導入され需要が伸びてきました。それに従って家や部屋の作りが洋式化され、日本の生活文化の一つである木製ガラス障子(部屋を間仕切るための、2ミリ厚の型板ガラスが全面に入った格子状の障子戸)の需要もなくなってきたように思います。そのため、昭和40年前後から全盛期だった様々な模様の入った型板ガラスも、ガラスメーカーの製造管理の効率化とともなってどんどん少なくなって行ったと思われます。

――そのような時代の変化を受け、どのような施策を施されましたか。

2002年に15年間務めた会社を辞め、脱サラし家業のガラス店を継いだ時は、景気は最悪でした。阪神淡路大震災後、数年間の短い特需景気を終えた振り戻しの影響もさることながら、さらに業界の流通形態も変化し、町の小さなガラス店の仕事が失われていったと考えられます。そこで今後どのような方向で進めて行くか、色々な方向性はあったと思うのですが、私が思いついたのは「デザイン性のあるもの」でした。特にしっかりとした根拠があった訳ではありませんが…。従ってガラス関係でデザイン性となると、ステンドグラスなどガラス工芸なので、その技術を学ぶこととなり、自然とその方向に進んで行きました。

――昭和2年から続くお店は下町界隈でもごくわずかだと思いますが、どのような思いで続けられてきましたか。

私の家業のような小さいガラス店は、地域密着でその時その時必要とされる間は真面目に寡黙に黙々と従事する、綱渡りのようなものだと思います(笑)。祖父や父の代には景気のよい時代であったでしょうが、私の時は初めからはそうではなかったです。ダブルワーク、トリプルワークの連続でした。今どきの働き方の先取りでしたね(笑)。

■“昭和レトロ感”が幅広い世代の女性にヒット、老舗独自のコネクションで希少デザインも

――令和となった今も昭和型ガラスを使用されているのはなぜですか。

祖父からの端材がたくさん残っていたのと、それを必要として下さる方々が全国に結構居られるからです。昭和型板ガラスはもう日本では量産されていません。ですから希少価値は多少あると思いますが、それよりも、様々なガラスの柄のデザインがあんなにたくさんの種類があることが魅力ですね。特にご年配の方には昭和レトロ感があって思い出に浸れるでしょうし、今の比較的若い方々には斬新でかわいらしいと思って頂ける柄なのではないでしょうか…。なので。相当前から昭和型板ガラスが好きな方はいらっしゃったと思います。

――すでに生産終了している型もある中、材料はどのようにして手配されていますか。

私の店の在庫だけでは到底足らなくなってきているので、ガラスの問屋さん、設計事務所さん、建具屋さん等々、お付き合いのある業者さんに声掛けしています。最近は家屋解体工事やリフォーム工事の時には廃棄物として処分されていたガラスが、このようにサイクルアップ出来るとSNSで知った方々から、引き取って有効活用してくださいとのご連絡を頂くようになりました。有難い限りです。

――現在どれくらいのペースで制作し、どれくらいのペースで注文がありますか。

制作は、一枚ずつ手作業でカット、研磨、洗浄しており、ハンドメイド規模の小ロットでしか制作出来ていなくて、ご注文下さったお客様には大変お待ち頂くことになり、ご迷惑をお掛けしている状況です。電気炉で1サイクル12時間(15枚前後)なので、一日1~2サイクルを毎日稼働中。只今ロットアップ等、制作効率を上げる検討中です。今現在、ガラスの種類を少なくして、販売を制約しています。今までのご注文では、数日で何百件のご注文で、お皿の枚数では数千枚単位です。今後、様々な種類のガラスを、月単位くらいで枚数を決めて限定数販売していく計画です。

――人気商品を教えてください。

やっはりバズるきっかけになった、ペンダントランプの「銀河」ですね。

――お客様はどのような層が多いですか。

調査したことがないので詳細は知りませんが、一般の方や飲食関係の方々。比較的若い方からご年配の方まで、女性が圧倒的に多いと思います。

――お客様からの声やエピソードで印象に残っていることがあれば教えてください。

本当にあたたかい励ましのメッセージも多いのですが、何よりも「祖父母の住んでいた家にはまっていた」とか、「幼い時に住んでいた家に使っていたので、そのころの記憶がよみがえる」等々、私より昭和型板ガラスについて、思い入れのある方々が多いです。

――昭和型ガラスならではの魅力を教えてください。

斬新かつ情緒的なデザインの柄が何十種類もあるガラスで、これは日本の生活文化の特徴でもあることに加えて、我々日本人の良き昭和の時代を思い出すアイテムになっていると思います。それから特に2ミリ厚の型板ガラスに着目してお皿に使っているため、ガラスの繊細さを表現しつつ、思い出のアイテムを生活の傍らに身近に使って頂くことが出来ることですね。制作販売ペースを安定した軌道にのせて余裕が出来たら、ランプシェードや、型板ガラスを何種類も使ったステンドパネルを制作して販売出来たらと思っています。