2021年が“活動20周年”のアニバーサリーイヤーとなる、ミュージカル俳優・井上芳雄。“ミュージカル界のプリンス”と親しまれ、デビュー時から先頭を走り続けてきたが、その印象に対して本人は「プリンスが定着し、今では完全に手のひらで転がしている。ネタにしている感じがある(笑)」と茶目っ気たっぷりに語る。20年でミュージカル界は大きく様変わりし、コロナ禍では大きな“打撃”も受けた。変わりゆく演劇のかたちを井上はどのようにとらえ、舞台に立ち続けていたのか。

【写真】「まさかミュージカルから始まるとは…」1年の締めくくりに、ガキ使で”笑い”届けた井上芳雄

■コロナを経験して「役者としての仕事が、シンプルになった」

――昨年、コロナで延期された活動20周年イヤーのスペシャルライブが、振替として5月に開催されます。延期になってしまった際、どんなことを考えましたか。

【井上芳雄(以下 井上)】自分自身のアニバーサリーは正直、別に良いんです。総集編としてやらせていただく予定だったので、楽しみにしてくださっていたお客様には申し訳ないと思いましたが、事情がコロナでは仕方ないな、と。ただ、6月6日がデビュー日なので、ギリギリ20周年イヤーとして間に合えばいいなとは思っています。

――演劇の公演が徐々に再開されていく中、どの劇場でも可能な限りの感染対策をしていますが、ご自身の意識としてコロナ以降で変化はありましたか。

【井上】役者としての仕事が、シンプルになったとは感じています。稽古後の飲みや打ち上げ、誰かが面会に来ることなどは全くなくなった分、本来自分たちがやるべき仕事を黙々と淡々とやらせていただくかたちに戻ったというか。それに、一定のルールを守れば感染リスクは防げることもわかってきた中で、やる側としては最大限の努力をしますが、それ以上にお客様に支えられながらやっていることを感じます。

――共演者の方々とのコミュニケーションもこれまでと同じかたちではとれない状況かと思いますが、どんな風に絆を育んでいらっしゃるのでしょうか。

【井上】最低限の接触しかできないですが、舞台上で一緒に歌ったり踊ったりすればわかることもあります。それに、僕自身はもともと思っていたことですが、共演者と飲んで話をすることなどがマストではなかったんだなと改めて感じています。そういう意味では健康的というか、必要なことだけを集中してやれている感覚があります。もちろんもっと話したいと思うことはありますが、それができないことで初めて気づけたこともありますし。

――必要なことだけを粛々とやる良さの一方で、“本物”の人しか残れないシビアな時代に向かっていると感じるところはありますか。

【井上】確かに今は気楽に足を運べる状況ではないので、ファンをたくさん持っている人や、たくさんの人が観たいと思う作品でないと、なかなか来てもらえない状況ではあるかと思います。でも、今は、やっているということ自体が意味のあることだと思いますし、今後淘汰されていくのか、元に戻るのかなどがわかってくるのは、これからじゃないでしょうか。僕自身、正直、ここ1年の記憶はほとんどないんです。今までと異なる状況の中、変化に対応しながら必死にやってきましたから。それに、やっている仕事の範囲が広くなってきている分、舞台だけをやっている忙しさとはまた違う忙しさ・充実感もありましたよ。

■20年で大きく変わったミュージカル界「日本で受け入れられる文化の幅が広がってきた」

――ご自身のキャッチコピー「ミュージカル界のプリンス」について、つけられたばかりの頃と現在とでは心境の変化はありますか。

【井上】20年間ずっと言われてきたことによって、定着したんじゃないかなと思います。最初はもちろん背負わせてもらっている、それに引っ張られてやっている感じがありましたが、今は完全に手のひらで転がしている、ネタにしている感じですかね(笑)。逆に言うと、本当のミュージカル界のプリンスが他にもたくさん出てきているという変化が、20年間のジャンルとしての盛り上がりの象徴ではないかと。一人で「プリンス」とずっと言っているのでは、ネタにもできませんから。

――ミュージカル界全体も20年間で大きく変わりましたね。今は音楽特番でも目玉の一つになるなど、身近な存在になってきていますし、ミュージカル俳優さんが他の分野で活躍されたり、タレントさんがミュージカルに出たりする機会も増えていますね。

【井上】そうした変化は僕たちが地道に頑張ってきた成果であり、先輩方が頑張ってきた成果でもあると思います。それに、日本の中で受け入れられる文化の幅が広がってきたという、時代の変化もあって。かつては歌ったり踊ったりすることが「不自然」とされましたが、ミュージカル映画のヒットや、学校でダンスを学ぶようになったことなどで、僕らの日常に歌や踊りが自然に入ってきたことは大きいんじゃないかと思います。

――ミュージカルの象徴として語られ、先頭を走ってきた苦悩や難しさはありましたか。

【井上】ミュージカルって、歌って踊ってお芝居をしなきゃいけないので、やることがすごく多くて、それぞれ専門性が高くて、極めるのがすごく大変なジャンルだと思うんです。その大変さは今も感じますし、理想と現実の違いも当然あります。個人としてはもっと上手くなりたいという思いで、理想に近づけるよう努力していますが、業界全体では自分にはどうにもできない部分もあって。

 今はコロナ禍で状況が変わっていますが、作品がどんどん増えている一方で、ミュージカル俳優は少ないという需要と供給のバランスの悪さがあるんです。それに、ミュージカル俳優は若い人のほうがギャラの面もあって使いやすく、ベテランは続けていくことが難しい世界です。年齢を重ねて家庭を持って続けられるかというと、難しい。女性は特にそうです。それに、アスリートのように体を酷使する仕事なので、寿命が短い面もあります。自分自身が年齢を重ね、家庭も持って初めて見えてきたことは多いんです。

■“沼”にはまってもらうこと考えトーク力を磨いた「関係性を知ったほうが楽しめる」

――最近は司会やラジオなど、トークを披露する機会も多いですが、トークにはどんな思いでのぞんでいらっしゃいますか。

【井上】もともと喋ることは嫌いではないですが、自分自身がトークすることになるとは思ってもみなかったです。普段、美容室とかでもあんまり喋らないタイプですし(笑)。ただ、トークもやはり技術というか。例えばバラエティに出た際に、芸人さんの司会とかを目の前で見ると、「こういう風にやるのか」とすごく興味深く見てしまいますが、いざ自分が司会の立場になって、経験して初めてわかる・学ぶことはあるんですよ。

 難しいですが、やらせてもらう以上は探求したいし、やっていくうちに面白くなってくることもあります。それに、ミュージカルというジャンルを盛り上げるためには、本業を一生懸命やるのは当たり前として、トークが必要とされる場面もあるんです。

 例えば、ミュージカル俳優が集まって、人となりや関係性を語る機会は結構あって、そのためには場を回すトーク力も必要になってくる。ファンの方は役者自身や関係性も知ったほうが楽しめるし、“沼”にハマりやすいですから。だから、最近はミュージカル俳優の三拍子(歌う、踊る、演じる)に加えてトークや笑いなどの四拍子、五拍子が必要なんじゃないかと思うくらいなんです。

――活躍の幅がどんどん広がっていますが、今後の展望を教えてください。

【井上】ミュージカル俳優としてはまだまだ学ばなければいけないことが多く、もっとたくさん勉強したいと思いますが、コロナを通して、改めて感じた自分の役割というものもあります。コロナ禍で、演劇界が大変だと語っただけで「まだそんなことを言っている場合じゃないだろう」と叩かれたのは、すごく驚いたんですよ。でも、逆に言うと、それだけ演劇について知らない人が多いということで、今は劇場に来ていただく以外にも、配信があり、テレビやラジオなどの場もあるので、僕自身のためにもミュージカル界全体のためにも、もっとミュージカルと世の中をつなげるような存在になれたら嬉しいです。

(取材・文:田幸和歌子)