宮島正弘撮影監督、山崎エマ監督、エリック・ニアリプロデューサーが24日、東京・日本外国特派員協会で行われた「無法松の一生」4Kデジタル修復版+「ウィール・オブ・フェイト~映画『無法松の一生』をめぐる数奇な運命~」の試写会&質疑応答イベントに参加した。

【写真】山崎エマ監督も登壇

 1943年に製作された『無法松の一生』は、日露戦争が終わったばかりの頃の小倉を舞台に、けんかっ早いが根は一本気な車夫・富島松五郎の純粋一途な生き様を描いた。陸軍大尉、吉岡小太郎のひとり息子を、ひょんな事から助けた松五郎は、吉岡家に出入りするようになる。まもなく風邪が元で、吉岡大尉が急逝してしまった。それからというもの松五郎は、吉岡家の未亡人と小太郎に対して、献身的につくし始める。美しい未亡人への恋心を胸に秘めながら…。

 『ウィール・オブ・フェイト~映画『無法松の一生』をめぐる数奇な運命~』は、2度にわたる検閲、主演女優の原爆死という『無法松の一生』の知られざる数奇な運命をひも解くとともに、宮島正弘撮影監督の修復にかける想いと、コロナ禍での国境を越えた修復に密着したドキュメントとなっている。

 1966年より大映京都撮影所技術撮影課入社し、『影武者』(黒澤明監督 80年)『瀬戸内少年野球団』(篠田正浩監督 84年)などでは宮川一夫撮影監督のチーフ助手、五社英雄監督の『226』(89年)、『陽炎』(91年)などでは森田富士郎撮影監督のチーフ助手も担当した宮島撮影監督は「宮川一夫に恋い焦がれて大映に入りました。それから宮川さんと一緒に仕事するようになりました。91歳で亡くなるまで共に仕事をしてきました」としみじみ振り返った。

 そして、大映作品の権利を持つKADOKAWAが4Kで修復していることに感謝しつつ「縁あってKADOKAWAさんが『雨月物語』を修復したいとおっしゃった。その後『山椒大夫』『近松物語』『浮草』など宮川さんが撮った作品を見れば見るほど、78年前に作られた『無法松の一生』が原点になっていると感じた。このフィルムは数奇な運命をたどったフィルム。時の権力によって切られている。ぜひとも、この映画を見てもらいたい。その後の作品につながっていく。この『無法松の一生』だけはオリジナルに近い作品にしたいと思って必死に修復しました」と原盤もなく、マスターポジだけが残っている作品の修復にかけた思いを口にしていた。

 4Kの修復プロジェクトを手掛けたエリック氏は「ほかの国に比べて、日本での修復はかなり遅れている。黒澤作品、溝口作品もいまだに修復されていない。そんな中で1940年代の2回もカットされた映画を修復の予算を確保するのは難しかった。宮島さんが健康なうちに、これだけは実現させたいと。今こそやりましょうとなりました」と経緯を説明していた。

 2作品合わせたBlu-rayは、26日から発売される。