2002年放送開始以来、Eテレの中でも異彩を放っている『ピタゴラスイッチ』。番組対象年齢は4~6歳児とされているが大人のファンも数多く、世界の優れた子ども番組として多くの国際コンクールでも受賞している。“ピタゴラ装置”を区切りに次々とコーナーが展開される同番組は、Eテレに新風を巻き起こした。その後も新コーナーを生み出し続ける同番組の制作の舞台裏を聞いた。

【画像】最多で146テイクも…!ピタゴラスイッチ撮影合宿舞台裏ほか

■番組のきっかけは『だんご3兄弟』 シンボル・ピタゴラ装置は“つなぎ役”として誕生

 番組誕生は2002年。『ピタゴラスイッチ』の監修をつとめる佐藤雅彦氏は当時、慶應義塾大学の研究室で表現方法や教育方法を模索する研究室を持っていた。同じ頃、佐藤氏は『だんご3兄弟』を作詞・制作しており、担当していたNHKのディレクターに会うたびに 研究室の話をしていた。ちょうどその頃、新しい形の幼児教育番組を作ろうとしていたディレクターは、(佐藤研の)活動に興味を持ち、いっしょに新しい形の番組を制作することを提案。そうして、「考え方を伝える番組」というテーマでの番組制作が学生たちとともに始まったのだ。

 当時の佐藤研の学生らで構成されており、現在も同番組の企画と制作を手がけるのは、クリエイティブグループ「ユーフラテス」。その一人、山本晃士ロバート氏は「我々は当時から言葉で説明するのではなく、映像でひとめで伝わるような表現を研究していました。番組の対象年齢はひらがなを覚えるかどうかという4~6歳の未就学児。最初からねらっていたわけではないですが、結果的に僕らの研究内容が番組にフィットしたんだと思います」と当時を振り返る。

 そんな同番組の象徴的存在が、ピタゴラ装置だ。同じく佐藤研出身で現ユーフラテスの貝塚智子氏は、その誕生のきっかけを教えてくれた。「番組の構想として、1分や1分半のコーナーが集積して15分番組を作るということは、最初から決まっていました。 様々な“考え方”を伝えたいという思いと、子どもの集中力が持続するのは2,3分程度だと聞いて、どうするかと…。ただ、1つ1つ別の表現が羅列しているだけでは一体何の番組を見ているかわからなくなります。そこで、コーナーとコーナーの間にはさまるジングルとして、ボールが転がっていった先で番組名が出る装置を作ろうというアイデアが出て、ピタゴラ装置が作られることになったのです」

■ピタゴラ装置は3日で制作、1日かけて撮影後、すべて解体… 最多146テイクも

 これまで作られてきたピタゴラ装置の数は、220台を超える。「見た人の予想の裏をかく、そうきたかと思えるような展開や、想像を超えた動きを意識して制作しています。基本的には重力を使って動かすので上から下の流れになりますが、下から上へ動かすにはどうしたらいいかと考えたり、雑貨店に並ぶ商品を見て、はさみでボール飛ばせないかな…とか、その物の本来の用途を無視してアイデアを練ったりしています」(山本氏)

 あの見事なからくりの連続を視聴者に届けるまでは、装置の制作自体もそうだが、撮影も困難を極める。例えば、1個80%の成功率の装置を5個つなげると、80%の80%…と確率が下がっていく。結果1テイクでOKになることは、まずない。最多で146テイクかかったものもある。「NHKの大きなスタジオを4日間くらい借りて、最初の3日で制作し、1日かけて撮影するんです。最終日の撮影がうまくいかなければ、3日間制作したピタゴラ装置は解体してしまいます。簡単で単純な機構をつくればもちろん成功しますが、見ている人が、うまくいくかワクワクハラハラできる緊張感を出さなければいけないというハードルがあります」(貝塚氏)

 4日目の撮影時には照明をたき、装置の砂や紙などの微かな音も録音するため、窓やドアを閉める。すると、制作時とは湿度や温度が変わり、レールや玉が今までと違う動きをするため、それを見越して調整しておかなければならない。「最終日は1日で撮りきらなければいけないので、時間との戦いです。成功するかわからないものを何十回も撮るんですが、やっと装置が上手くいっても、カメラワークがちょっと先行したり、遅れたりしてもやり直しです。なかなかOKテイクが出ず、かつては朝の5時までかかったこともありましたね。ドアの向こうに次の番組の大道具のスタッフがジリジリと待機しているという切羽詰まった状況もありました」(NHK笹山麻衣チーフ・プロデューサー)。

 昨今ではSNSで自作のピタゴラ装置を披露するユーザーも多いが、ピタゴラ装置の魅力を尋ねると、「何か企んでいる跡が垣間見えることによる期待」「小さな奇跡の積み重ねでそれが成功した喜び」のほかに、「家庭にあるものを使って作ることが多いので、自分にもできるのではないかと思えるのでは」とのこと。この「家庭にあるもの」「自分でもできる」は、番組全体のコンセプトにもつながっている。

 例えば、昨年からの新コーナー『100グラムにちょうせん!』もそう。家にあるものをはかりに乗せて、ぴったり100gをめざす。「一方的に伝えるというより、それを見た子どもが自分もやってみたいと思える企画を重視しています。見るだけで終わらないで、その後、普段の日常に戻ったときになにか違うものが見えてきたらうれしいですよね」(笹山P)。

■「おうちの中だけでもいくらでも時間がつぶせる」 スタッフ思う“本当の教育”とは?

 当番組が常に新コーナーを企画しているのには、理由がある。「番組開始当初は、Eテレと言えば『おかあさんといっしょ』のような、お兄さんお姉さんが子どもたちに直接語りかけるいわゆる王道教育番組のイメージがありました。そんな中、コーナーだけが次々に展開し、表現がむき出しとなって映像化された『ピタゴラスイッチ』は視聴者の度肝をぬき、大きな反響を呼びました。しかし10年ほど経ってくると、“老舗番組のような立ち位置”になってきていることを感じたんです」(山本氏)

 かつては目新しかった『ピタゴラスイッチ』だが、次第に視聴者が“昔からあるいいもの”のように認識し、興味も緊張感もなくなってきているのではないかと感じたという。「良いものだけど実際は見ない」番組になってしまっては元も子もない。続けていくことの難しさ、新しいことを発信し続けていく大変さは常にある。それでも、「いつでも新しく始まった番組のように感じてほしい」と、約20年企画を考え続けてきた。

 あれだけ苦労するピタゴラ装置の制作も、同じ機構をそのまま再利用することはない。「視聴者からすると、いわゆる“ピタゴラ装置”として大枠でくくられてしまいがちですが、常に進化と成長を続けています。これまで“物語のある装置”やサッカーの香川選手のような“人を絡めた装置”といったものも誕生しています。新しいものを出し続けることは本当に大変なことですが、強い気概がスタッフ全員の中にあるからこそ、常にあっと驚く装置を生み出せるんだと思います」(笹山P)

 大切にしているのは、制作者自身が「面白い」と心から思えること。「身のまわりの当たり前に存在するものにも理由があるということに普通は気づかない。そこを掘り下げ、ここにはこんな考え方が潜んでいたのか、と気づいてもらえたらと思いながら作っています。番組を観ているときだけじゃなくて、ふだんの生活につながって発見する喜びが生まれたらうれしいですよね。長年番組が愛されているのは、それが理由かもしれません」(同P)

 「半径3mの世界でもいくらでも発見がある。おうちの中だけでも、自分が気づかないだけで、見方を変えれば面白いことはいくらでもあると伝えていきたい」(山本氏)。その思いは、奇しくも今のコロナ禍にぴったりフィットしているように感じるが、当番組のコンセプトは世の中の状況によって変わるものではない、と同氏は断言する。大学の研究室時代から変わらぬ彼らの熱量と探求心は、世代や国も問わず、どんなご時世でも通用するようだ。


(取材・文=衣輪晋一)