去年80周年を迎え、19日には実写映画が公開される『トムとジェリー』。同作はディズニーが勢いを増す中、1940年に第1作がアメリカで公開された。当初は“ネコとネズミ”という使い古されたアイディアに、社内では「ありきたりすぎる」「もっと独創的な話はないか」と冷ややかな反応だったというが、いざ世に出ると、瞬く間に世界的なヒットまでに成長。その後多くの追従作品が生まれるも、“ありきたり”なコンセプトの本作が80年もの間愛される理由とは。配給を務めるワーナー ブラザース ジャパンの担当者に話を聞いた。

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■実写映画でありながら3Dではなく“2D”、オリジナルテレビシリーズ100話以上を研究

 新作実写アニメ『トムとジェリー』の舞台は、ニューヨークの一流ホテル。セレブカップルの世紀のウェディング開催準備に追われるホテルに、ジェリーが住み着いたことから物語は始まる。そのネズミ捕り対策として、トムがボーイとして雇われることに。トムとジェリーはニューヨーク中を巻き込んだ壮絶な追いかけっこを繰り広げる。同作は、オリジナルの良さをそのまま活かした2Dアニメ(3Dではない)と実写が融合。アニメーションシリーズからのファンをニヤリとさせる演出に満ちあふれている。

「監督のティム・ストーリーは『歴史あるこのアニメは数多くのファンがいるので “今”っぽく変えず、慣れ親しんだ2Dルックでやることがすごく大事。それは同作の魅力をさらに広げるものになる』と話していました」(宣伝担当・高藤彩加氏)

 『トムとジェリー』の2Dアニメと実写の融合はこれが初めてではない。古くは1945年のジーン・ケリー主演ミュージカル映画『錨を上げて』で、実写のジーン・ケリーと2Dのジェリーが踊り出すという演出がすでにあり、当時も「画期的」との評価を受けていた。今作は『トムとジェリー』本編の2Dと実写の融合であり、これにより、同作テレビアニメよりさらにスケールアップされた映像になっている。

「ホテルに務める新人スタッフのケイラ(クロエ・グレース・モレッツ)の成長物語を描くというテーマが根底にあるのですが、その中でトムとジェリーがいつものはちゃめちゃなケンカを繰り広げてウェディングを破壊していく定番のドタバタ劇が肝になっています。さらに孔雀や虎、象などもなぜか入り込んでくるのですが、それも2Dアニメ。ブルドッグのスパイクなどお馴染みのキャラも登場するほか、『トムとジェリー』の“ケンカするほど仲が良い”という普遍的なテーマも押さえており、ファンも裏切らない作品と自負しています」(マーケティング・笠井朝子氏)。

「今回、二次元のキャラクターを制作したのは、イギリスとロサンゼルスから集められた総勢29人の精鋭アニメーションチーム。彼らは全員幼少期からオリジナルのアニメーションシリーズの影響を受けていますが、改めて100話以上見直し、初代のアニメーターたちが確立したギャグの間合いを研究しました。そうして制作された本作のアニメ原画の数は、2万5000点以上。テレビアニメではお約束のギャグのオマージュシーンやオリジナルの効果音もたくさん使われていますし、2Dだからこそトムとジェリーと実写の世界の両立ができているというように感じます」(ライツ・有賀啓亮氏)

■“ネズミがチーズを食べる”イメージの根源? 世界中に影響を与えた作画発明も

 そもそも『トムとジェリー』は、アメリカの映画館でニュース映画や予告編とともに映画本編の前に上映されていたアニメ。その後時代の流れの中で短編アニメーションの役割はなくなり、スタジオは次々と閉鎖するも、同作は人気テレビシリーズとして世界中で脈々と受け継がれてきた。1940年の第1作から、実に今年で81年。マンネリせず続いてきた理由は何か。

「トムが何かしてジェリーがそれにやり返すとか、ジェリーがいたずらを仕掛けてトムがやられる内容ですが、面白さが普遍的だからだと思います。いわゆる『やられたらやり返す! 倍返しだ!』的な要素で、皆が笑えるギャグだから何回観ても面白いのではないでしょうか」(笠井氏)。「『トムがこの行動をとったらこうなる』という予想通りにハマるような、いわゆる“お約束”ギャグは万国共通で笑えるツボでもあるようです。そういった意味でもどの時代でも通用する面白さがあるからでしょう」(有賀氏)

 また、トムとジェリーのふたりにセリフがないこともその理由ではないかと言う。今作のメインキャストであるケイラ役のモレッツは、「トムとジェリーにかぎらず、動物同士の会話って人間の耳に届かないでしょう。だから、想像の余地がおおいにある。動物たちはどんなことを話し、何をもめているのか。子どものころはそんなことをよく考えていた」と、セリフがないからこその魅力を語っている。

 さらに有賀氏は、「言葉を用いないので、言語を覚える前のお子さんにも刺さる。また国境・言語の壁を乗り越えることが出来る。日本の漫才がアメリカでは笑えないという指摘もありますが、ちょうどその逆でしょうか。さらに言えば、トムのユーモラスな表情やふたりの動きそのものが“言語”となっているからこそ、世界的に観られる作品となっているのかもしれません」と加える。

 その言語要素として、お約束のトムの“変形ギャグ”も魅力だ。大量に水を飲まされたら体が丸くなる、ローラーで轢かれたらぺしゃんこになってしまう。だが、その数秒後には怪我は完治している。これは生みの親・ハンナ=バーベラの発明と言われており、世界中の漫画・アニメにも影響を与えた。『ルパン三世』の故・モンキー・パンチ氏も、同作から大きな影響を受けたと公言しており、ルパンが空中で泳ぐ姿はまさにトムを彷彿とさせる。また、4コマ漫画『カリアゲクン』の植田まさし氏も同作に影響を受けたと語っている。

 “ネズミがチーズを食べる”という印象をつけたのも「ジェリーでしょう」と有賀氏。穴の空いたチーズのイメージも同様。『ジョジョの奇妙な冒険』(集英社刊)第三部で、登場人物のポルナレフが穴の空いている死体を見て「トムとジェリーに出てくるチーズみたいだ」と言うシーンも印象的だ。

■劇場の前座作品として地位の低かったアニメをテレビ界にもたらした名作の“普遍性”

 前述の通り、当時アニメ作品は劇映画の前座として上映されていたため地位が低く、その中でも人気を独占していたディズニーに対抗するには、後追いかそれ以外の作風にチャレンジするしかなかった。そんな中、“ネコはネズミを狩るもの”という世界共通の大前提のもと、セリフは最小限に、動きと表情だけで伝わるアニメーションと独自のテンポの良さを武器に、じわじわと人気を伸ばしていった。さらに第二次世界大戦が勃発すると好戦ムードが高まり、“やられたらやり返す”といった作風が好まれるようになり、『トムとジェリー』は遂にアカデミー賞常連作品となるまでに成長したのだ。

「ディズニーさんは、どちらかと言えば“優等生”的要素があったように思います。一方でトムジェリはナンセンスでバイオレンス、ブラックユーモアたっぷりだったため、ディズニーさんとは逆の方向を行っていたからだと考えています」(笠井氏)

 日本で言えば、PTAからの“子どもに観てほしくない番組”だったわけだ。初期の『トムとジェリー』には、ジェリーが顔を黒塗りにしてサーカスに出るシーン(ブラックフェイス問題)や、登場する黒人の英語のなまりを誇張した表現、“インディアン”などの表記もある。だが視聴者の声を受け、「誰かを傷つける笑いは良くない」という流れになる。

「バイオレンス過ぎたためか、『トムとジェリーがケンカするのは良くない!』との声まであったようです。初期のハンナ=バーベラ制作第一期(1940年~1958年)からチャック・ジョーンズ制作期(1963~1967年)の途中までは差別的表現や暴力的アクション、ブラックユーモアがありましたが、1965年以降テレビ向けに制作されるようになると放送規制が強まり、1975年のハンナ=バーベラ第二期の『新トムとジェリー』は、ふたりはケンカしない設定になりました」(笠井氏)

 だが規制を受けたからと言って、同作の面白さが削られたわけではない。あくまでも同作の肝は、“やられたらやり返す”展開やお約束ギャグなどの普遍。また主題歌の「仲良くケンカしな」にあるように、トムとジェリーが憎悪だけでやり合っているのではないのもポイントだ。テレビアニメではトムがライフルを撃ち、死んだふりをするジェリーに救急箱を持って助けに来るエピソードや、外に追い出しはしたが心配になって探しに行くエピソードもある。2人は常にケンカをしているが、どちらかがいなくなるのは「寂しい」のだ。これは新作映画のキャッチコピー『大嫌いだけど、好き──』にもあるように、現在も踏襲されている。

 「時代時代の要素は入りますが、これら芯の部分の魅力はそのまま続けていきたい。それが『トムとジェリー』の正しい道だと感じています」と笠井氏。80年以上もケンカを続けてきたトムとジェリーは、今後もどちらが欠けることもなく、ドタバタを繰り広げていくのだろう。


(取材・文=衣輪晋一)