2020年の社会現象となった『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴/集英社)が1~22位を独占するなど、驚異的な記録を残した「オリコン年間コミックランキング2020」。『ONE PIECE』(尾田栄一郎/集英社)、『進撃の巨人』(諫山創/講談社)といったビッグタイトルがTOP30を席巻するなか、集英社の漫画誌アプリおよびウェブサイト『少年ジャンプ+』で連載中の気鋭の作品『SPY×FAMILY』(遠藤達哉/集英社)3、4巻がそれぞれ28位と30位にランクイン。あまたのウェブ漫画が世にあふれ、ウェブ配信された作品が単行本化されるという昨今の潮流のなかでも、異例のコミックス単巻売上部数100万部超の大ヒット作はどのように生まれたのか?『少年ジャンプ+』で編集長を務める細野修平氏と、『SPY×FAMILY』の担当編集の林士平氏に話を聞いた。

【漫画】どんな内容? 新時代スパイ家族コメディ『SPY×FAMILY』第1話

■「疑似家族が本物の家族になる過程」に希望を見いだす“時代性”

 2019年3月に『少年ジャンプ+』で連載がスタート。以来、宝島社が発表している「このマンガがすごい!2020」オトコ編1位をはじめ多くのランキングで上位に選ばれるなど、異例のスピードで人気が加速している『SPY×FAMILY』。同作は、電子版はもとよりコミックスの売れ行きも好調で、アニメやゲームなどのメディア化がされていないにも関わらず、最新第6巻ではついに初版発行部数100万部を突破。『少年ジャンプ+』オリジナル作品でコミックス単巻初版100万部超えは前例のない快挙となっている。

 赤の他人だったスパイの男と殺し屋の女、超能力者の少女が、とある任務のために「かりそめの家族」を築き、「家族としての普通の日常」を送るために奮闘するホームコメディ。キャラクターの魅力・設定とストーリー展開の面白さ・作画のクオリティと、良質な漫画作品の要素が揃った総合力の高さもさることながら、担当編集の林氏はヒットの要素として「時代性」を指摘する。

「家族のつながりが希薄化している近年は、漫画以外のコンテンツでも『疑似家族が本物の家族になる過程』に憧れや希望を見いだす作品が求められている印象があります。本作も緊迫感のあるアクションやホロリとさせる切なさはありつつも、全体を貫く明るさやホッと心温まる物語がコアな漫画ファンを超えて幅広い層に受け入れられたことを読者コメントからも実感しています」(林氏)

■“全話無料”でファン獲得…『少年ジャンプ+』ならではの取り組みが奏功

 『SPY×FAMILY』が連載されている『少年ジャンプ+』は、2014年9月にアプリ、ウェブサイトがローンチ。『週刊少年ジャンプ』の過去作などを読むこともできる一方で、トップページには『少年ジャンプ+』のオリジナル作品をメインで掲載。編集長の細野修平氏が「ライバルは『週刊少年ジャンプ』です」と断言するように、あくまで独立した媒体として、運営されている。

 『SPY×FAMILY』のヒットの背景には、“時代性”、作品の良質さとともに、この『少年ジャンプ+』で連載されたこともあると細野編集長は自負する。

「『SPY×FAMILY』はウェブ発でも紙媒体発でも十分ヒットしていたと思います。その一方で『少年ジャンプ+』ならではの取り組みが、評価のスピードを加速させた側面もあったと自負しています」(細野氏)

 『少年ジャンプ+』掲載のオリジナル連載作品は、アプリをダウンロード後、1回に限り全話無料で閲覧できる仕様。「話題になってるからちょっと読んでみたい」という新規読者にとっては連載途中からでも気軽に参入し、ストレスなく読み進めることができる。さらに1回読んで気に入れば、次回以降は課金もしくはコミックスを購入するモチベーションにも繋がるだろう。
 多くの漫画サイトやアプリが「冒頭の数話と最新話のみ無料/途中の話は課金制」という仕様を取っている中では、大胆とも言えるこの取り組みは『SPY×FAMILY』の連載開始直後の2019年4月より実施。以降はアクティブユーザーの増加に伴い、作品の拡散力も飛躍的に伸びているという。

「短期的な利益を追求するよりもまずは1人でも多くの読者に読んでもらい、その先のファン獲得に繋げるのが"全話無料"の狙いでした。何より創刊時からこだわってきた、"作家と担当編集のタッグで生み出すオリジナルコンテンツ"に自信があったからこそ、全話無料に踏み切れたところは大きかったです」(細野氏)

■玉石混交の漫画コンテンツのなかで編集者の目利き、作家との信頼関係がヒットのカギ

 「ジャンプ」ブランドが多くの人々に受け入れられる作品を次々と生み出している背景。それは、細野編集長の語るところの「作家と担当編集のタッグによるオリジナルコンテンツ」と言えるだろう。遠藤達哉氏の7年ぶり3作目となる連載となった『SPY×FAMILY』もまたしかり。担当編集である林氏とのタッグがなければ、世に出なかったかもしれない。
 林氏は遠藤氏の連載デビュー作『TISTA』(『ジャンプSQ.』07年12月号~08年8月号)から担当編集者に。その後、『月華美刃』(『ジャンプSQ.』10年6月号~12年2月号)を終えて以降、なかなか連載に腰を上げない遠藤先生を根気よく口説き続けてきた。

「1~2年に1本ペースで読み切りをご一緒しながら、お描きになってない間も連絡を取り続けてきました。ただしあまりプレッシャーをかけると良くないと思い、ほどほどに刺激する程度に、ですね」(林氏)

 ようやく連載の企画が見えてきたのが、、林さんが『ジャンプSQ.』から『少年ジャンプ+』に異動になるタイミングだった。念願の新連載にあたって林さんは、「遠藤先生のキャリア最大のヒット作を生み出すこと」を目標に掲げたという。

「遠藤先生の過去作はどこか尖ったダークさが持ち味で、コアな漫画ファンには厚く支持されていました。だけど長年お世話になってきた先生だからこそ商業的に成功してもらわなければ、編集者として寝覚めが悪い(笑)。コアを超える読者をつかむためにも打ち合わせを重ね、試行錯誤の結果、気楽に描けるコメディにたどり着きました。コメディなので、『暗いの禁止』と机に貼り紙をしていただいたようです(笑)」(林氏)

 惚れ込んだ作家の特性を的確に掴み、時に叱咤激励しながら、作品力を最大限に引き出す。漫画投稿サイトやSNS漫画の台頭で玉石混交の漫画コンテンツが世に溢れている昨今、そうした編集者の目利きと辣腕、そして作家との信頼構築がヒット漫画を生み出すカギになっているといえるだろう。

「ご自身のペースで執筆できるのも、遠藤先生が『少年ジャンプ+』での連載に踏み切ってくださった理由の1つでした。当初は週刊連載で打診したのですが、先生としてはそのペースはキツイとおっしゃられた。そこで『ジャンプSQ.』の月刊45ページと同じくらいの『隔週20ページではいかがですか?』と提案し、現在の隔週月曜更新という形に収まりました。ご無理を強いないことでクオリティを落とさず連載を続けられるという点では、先生はウェブ媒体向きの漫画家さんだったのかもしれません」(林氏)

■ヒット作が生まれたメディアには多くの新人作家が集まる

 紙媒体では固定されがちな連載ペースやページ数がフレキシブルなのは、ウェブ媒体ならではの特性だ。ひいては紙媒体では収まらない才能を取り込むことができるメリットもある。新人発掘という点においては、「ウェブも紙も関係ない」と細野氏は言う。

「オリジナルで勝負する漫画媒体にとって、新たな才能の発掘は常に至上命題です。さまざまな形でマンガ賞を開催するなど、積極的に発掘を行っています。ウェブメディアで漫画を描くということでは、見開きページは紙媒体と『視線誘導』が異なるなどといったことはありますが、テクニック的なことは後で教えることができる。それよりも、画の力やストーリーの展開力など、漫画家としての基本的な能力の部分を見ていますね。
 ヒットが生まれた媒体には、多くの新人作家が集まってくる。するとまた新たな良質な作品が生まれる。そういったサイクルを機能させ続けているのが『週刊少年ジャンプ』ですが、『少年ジャンプ+』でもいよいよそのサイクルが回り出したと感じています。ゆくゆくは『ONE PIECE』『鬼滅の刃』を超えるヒット漫画をここから生み出したいですね」(細野氏)

 『少年ジャンプ+』創設から6年。『SPY×FAMILY』をはじめ、『地獄楽』(賀来ゆうじ/集英社)、『終末のハーレム』(LINK/宵野コタロー/集英社)などの話題作を次々と輩出し、昨年12月に単行本1巻が発売された『怪獣8号』(松本直也/集英社)も27.8万部を売り上げる【※】ヒット作となるなど、“『少年ジャンプ+』発”の作品が注目を集めている2021年。細野編集長が掲げる『ONE PIECE』『鬼滅の刃』を超えるヒット作の誕生を期待して、注視していきたい。

【※】2021/1/11付現在<オリコン調べ>

取材・文/児玉澄子