テレビ朝日系できょう29日、『天空のヒマラヤ部族 決死の密着取材150日間 ~天空に佇む12の村〜』(後10:00~深0:00 )が放送される。3月に大反響を獲得した、超大型ドキュメンタリー第2弾。今回は、第1弾で最強のコンビネーションを見せつけた“ナスD”こと友寄隆英ディレクターד辺境ディレクター”大谷映芳氏のタッグが、ヒマラヤの秘境に佇む12の村をめぐった。

【写真】辺境DとナスD

 第1弾は、南米アマゾンでの体当たり取材で全身真っ黒という前代未聞の姿になり、“破天荒ディレクター”の称号をほしいままにした友寄ディレクターと、日本屈指のアルピニストでもある大谷氏が、“アジア最後の秘境”といわれるヒマラヤ最奥の聖地、ネパール・ドルポを訪ね、『テレビ朝日開局60周年記念 氷と雪に閉ざされた秘境の地 天空のヒマラヤ部族 決死の密着取材150日間』として、今年3月8日放送に放送された。足かけ2年、150日間にもわたって密着取材を敢行した上、世界で初めてドルポ地方の厳冬期と越冬の様子をテレビカメラに収め、大反響を巻き起こした。

 ヒマラヤの奥地、ネパール北西部に位置するドルポ地方は、長年にわたって外国人に対して全域が閉鎖されていたことから、ネパールの中で最もミステリアスなエリアといわれてきたところ。今回はドルポ地方を含む、ヒマラヤにたたずむ12の村をひとつずつ訪ね、“アジア最後の秘境”に生きる人々の暮らしを紹介する。

 友寄ディレクター、大谷氏をはじめとする撮影隊がまず向かったのは、ネパールの首都・カトマンズから飛行機で4時間のジョムソン。430世帯約1370人が暮らすこの町にはチベット、インド、ネパールを結ぶ“ジョムソン街道”が通っており、かつては交易の中枢を担っていた。そのジョムソン村からは車で川をさかのぼる形で移動。ヒンズー教の聖地のひとつ“ムクティ・ナラヤ”を擁する2つ目の村・ムクチナートにたどり着く。ムクチナートまではどうにか道路が続いていたが、その先は自分の足を頼るしかなく、総勢20人のスタッフは地元で“カッツァル”とよばれる20頭のラバを仕立てて積み荷を運び、残る10の村をめぐることに。

■5000メートル超の険しい峠をいくつも乗り越え、ドルポへ…! 

 強風や高所ゆえの頭痛、脱力感と闘いながら、ひたすら歩き続ける撮影隊。2つの小さな村を経て、5つ目となるツァルカ村に向かう。転落したら死は免れない険しい道が続く中、“ある事件”が発生。シェルパのひとりが涙を流して悲しみをあらわにする。

 ジョムソン村を発ってから6日目、撮影隊は最大の難関、ケバ・ラ峠に到達し、ようやくドルポ地域に足を踏み入れた。とはいえまだまだ残り7つの村をめぐる道のりは遠く、高い峠をいくつも越えなければならない。高度は5000メートル以上となり、現地の人々でも息苦しくなる過酷さ。しかも雪が消えたあとの道は荒れ果て、ところどころ崩壊していた。

 そんな危険な道を歩き続け、5180メートルのニマ・ラ峠に到達した一行。ダウラギリ連峰の雄姿が眼前に広がる絶景を目の当たりにした友寄ディレクターは「振りむいたら自分が通ってきた道が、すごく低く見えた。低いけど誇らしく見えた。あそこを通ったから今がある。そういう人生だと素敵ですよね」と、今回の旅路と人生を重ねて語り、歩を進めていく。

■何世紀も変わらぬ暮らしを続ける人々。“聖地”が今、語りかけることとは!?

 登りはじめて7日目、雨に見舞われながら、橋なき谷を乗り越えてたどり着いたツァルカ村では、電気もなく、昔ながらの生活を送る人々と出会う。その後はまたもや5000メートル超えの峠を3つ越え、出発から11日目、6つ目の村=ドルポ最奥の集落・ティンギュー村に到着。ここは今回、訪れる12の村の中でも最大の集落で、友寄ディレクターが得意な絵画を通して村人たちと交流を深めるほか、村唯一の学校で子どもたちが学ぶ様子を取材。この学校を建てた僧侶は「今ではヒマラヤにも道路ができて、トラックが走るところも多くなりました。でもドルポだけは今もとても静かです。このような時代にドルポは特別な場所、聖地ではないかと思います」と語る。

 ティンギューを後にしてからも、撮影隊は“深い信仰とともに生きる村”、石が豊富に取れる“石の村”、“1000年以上も前から巡礼者が訪れる村”、そして、聖地水晶山…などをめぐっていく。

 旅の終盤、「大自然の中では人生は豆粒みたいに小さい。だからいっぱい恥をかいたり、つらい思いをしたり、笑ったり、ひもじい思いをした方が“生きた”っていうことになる。ドルポの人々は僕ら以上に“生きている”んでしょうね」と感慨を語った友寄ディレクター。すべてが昔のまま、多くを望まず、厳しい自然と共存する天空の民たち…。彼らの力強い暮らしぶりは、今の私たちに何を訴えかけてくるのか。