現在放送中のドラマ『監察医 朝顔』(フジテレビ系)に、主人公・朝顔と同じ法医学者・安岡光子役で出演中の志田未来。役者デビューを果たしたのは7歳、今年で芸歴20年を迎える。2010年「日本アカデミー賞新人賞」のほか、多数の賞を受賞し、杉咲花や松岡茉優をはじめ、彼女に憧れる女優も多数いる。幼い頃から「演技派」と呼ばれ、プレッシャーや重荷はなかったのだろうか。今も第一線で活躍し続ける強さの理由とは。

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■月9初の2クールドラマ、魅力は“没入感”と“心情描写の細かさ”

――コロナ禍に撮影がスタートした『監察医 朝顔』シーズン2ですが、以前と比べて大変なことも多いのでしょうか。

【志田】撮影仕様がガラリと変わりました。家を出る前に検温し、フェイスシールドをつけて移動するとか、現場に入る前にアルコール消毒するとか。飲食のシーンでは、スタッフさんがその都度手袋を替えて出してくれたり、直前までラップがしてあって、自分の物は自分で触るというルールに変わりました。

――コロナ禍で撮影が延期になってしまいましたが、再集結の時はどんな雰囲気だったのでしょうか。

【志田】皆さんに会えたときはすごく嬉しかったです。最初は同窓会に参加したような気分でした。実は前回打ち上げのときに「またみんなで会えたら良いね」「会えそうな気がするよね」という話をしてお別れしていたので、それが1年後に叶ってすごく嬉しかったです。

――月9初の2クール連続作品となりますが、2クールならではの魅力を感じるのはどんなところですか。

【志田】話が駆け足にならないところは、すごく良いなと思います。1話1話、登場人物1人ひとりの心情を丁寧に描けるのは話数が多いからならではなのかなと。それに、大きな事件を解決するような起承転結がある物語が多いなか、この作品は普通の日常を切り取ったような作品なんです。日常を丁寧に描けることで、視聴者の皆さんも作品の中に入ったような感覚になれるところが魅力だと思います。

■子役時代は必死にオーディション受ける日々「10個受けて1つ受かるか受からないか」

――志田さんは今年で役者を始めてから20年です。デビューは7歳でしたが、当時のことは覚えていますか。

【志田】正直、あんまり覚えていないんですよ(笑)。もともと児童劇団に入ったのは母の勧めだったんですが、母としても娘を女優にしたいという思いはなかったらしく、「記念にテレビに出られたら思い出に残るよね」という軽い気持ちで勧めたら、私が「やりたい!」と言ったんだそうです。お芝居するのはずっと好きで。普段言えないような言葉も役を通せば言えたり、普段できない服装も衣装なら着れたり。役を通して自分と別の人になれるのが楽しいなと思っていました。

――周りの子に比べて大人びた子だったのでしょうか。

【志田】大人びていたわけではないですけど、人見知りがすごかったので、人前に出て喋るのは苦手だったみたいです。親しい人とはベラベラ喋っていたらしいんですけど、初対面だと全然話せなくて。与えられたセリフは言えるけど、それ以外は喋れないタイプでした(苦笑)。オーディションもたくさん受けていたんですが、「アピールをして下さい」と言われてもできないし、「これができる人、手を挙げてください」と言われても、手を挙げないし。今でも人見知りが克服できたわけではなく、いまだに現場で「会話が続かない」「最初の頃は、はいとかいいえとかしか答えてくれなかったよね」と言われることがあります。私としては、テレビで拝見している方といきなりお会いしても、何を喋って良いかわからなくなってしまうんです(笑)。

――杉咲花さんや松岡茉優さんなど、志田さんを「憧れ」と語る女優さんも多いですが、志田さんにとって憧れの俳優はいましたか。

【志田】憧れの方は、いなかったです。そもそも「女優さんになりたい」とあまり思っていなかったので。お芝居は楽しいけど、自分が「こうなりたい」というビジョンはなくて。それに、子どもの頃はオーディションを受けまくって、10個受けて1つ受かるか受からないかくらいだったので、「どんな役でもいただけるならやりたい」という感じで、「こういう役をやってみたい」なんて贅沢なことも言っていられなかったというか。

■自身のイメージを気にしない気骨、女優として生きていくことを覚悟したタイミングとは

――では『女王の教室』もオーディションだったのでしょうか。

【志田】そうですね。『女王の教室』はオーディションの回数がすごく多くて、どんどん絞られていって、最後2人に残ってからも何回もあって。毎回違う服装をしてアピールしました。いろんな自分を見せなきゃ、と必死でした。オーディションは、とにかく緊張しました。会議室で大人がいっぱい座っている椅子の前で「はい、お芝居して下さい」と言われても、のびのびとできなかったですね(笑)。

――『女王の教室』や『14才の母』などの作品で演技が注目され、幼い頃から「演技派」と呼ばれていましたが、プレッシャーはあったのでしょうか。

【志田】そうですね…(笑)。「そんなに持ち上げてくれなくて良いのに」と思っていました。うれしいとかはあんまり思っていなかったですね。でも自分を認知していただくためにも、肩書というか、とりあえず何かつけなきゃいけないんだなと、思うようにしていました(笑)。

――ご自身に対して特定のイメージが残っていると感じることはありますか。

【志田】自分のイメージとかキャラというのをあまり意識したことはないですね。『女王の教室』のときは、街でも役名で呼ばれることが多かったですが、それ以降は徐々に自分の名前で呼んでいただけることが増えて、志田未来という名前が認知されるようになったんだなと思いました。

――エゴサーチはしないのですか。

【志田】全然興味がないんです(笑)。現場を出たらお仕事のことを考えることはなくて、自分の中で自然に切り替えちゃっているので、気にならないのかなと。

――志田さんが女優として生きていくことを覚悟したのは、いつ頃ですか。

【志田】1番のきっかけは、君塚良一監督と映画『誰も守ってくれない』(2008年)でご一緒させていただいたときです。ちょうど高校を卒業する時期で、「学生という武器を捨てるんだから、この仕事に今まで以上に真剣に取り組んでいかないと」というお話をしていただいたことがあって。それまでは学校と仕事とで、あまり集中していない感じもあったんですが、その言葉によって気が引き締まり、改めて「この仕事で自分は本当に食べていくんだ」という意識が芽生えました。

――高校卒業のタイミングで、女優以外の道に進むことは考えなかったのでしょうか。

【志田】なかったですね(笑)。というのも、もともと芸能コースのある高校に入った時点で、普通の就活には参加できないんだろうなと漠然と思ったんです(笑)。だから、この仕事を続けるしかないというか。

――最後に、志田さんは今後どのような女優を目指しているのでしょうか。

【志田】幼い頃からたくさんの方々が見守ってくださっているのは嬉しいし、心強いです。現場でも、親戚がたくさんいるような感じなんですよね。こういう経験をできるのは、小さい頃からお仕事をしてきたからこその特権で、他の方には味わえない幸せなことだと思います。だからこそ、これからはそういう方々に恩返しできるように頑張っていきたいなと思っています。それに、母から常日頃言われているのは、「初心を忘れずに」ということ。これは仕事をする上で一番大切にしていることです。今後も偏った役ばかりじゃなく、普通の役を幅広く演じられる女優になっていきたいと思います。

(取材・文/田幸和歌子)