Netflixで23日より配信がスタートした映画『ッドナイト・スカイ』。監督・製作・主演を務めるのは、ハリウッドを代表する名優ジョージ・クルーニー(59)。今月上旬、オンラインで日本のメディアの取材に応じた。

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 本作は、作家リリー・ブルックス=ダルトンによる小説「世界の終わりの天文台」が原作。滅亡の危機に瀕した地球から人々が脱出していく中、北極に残り続ける孤独な科学者オーガスティン(ジョージ)が、地球に取り残された謎の少女と出会い、不思議な共同生活を始める。そんな中、オーガスティンは、地球の惨状を知らずに地球へ戻ろうとする宇宙船クルーのサリー(フェリシティ・ジョーンズ)らの存在を知り、交信を通じて帰還を止めるべく奔走する…というストーリー。

 綿密なリサーチをして練られた作品には、時代を見据える力があると言われるが、奇しくもパンデミックが起こった2020年の世界とリンクして見える本作。ジョージにそのことについて聞いてみた。

【ジョージ・クルーニー】リンクしていると思うよ。この作品を作りたいと話し始めた当初から、良く話をしていたんだ。35~40年前に科学を否定したことで、または、軋轢や嫌悪を助長したことで、僕らがどのくらい地球を傷つけてしまったのか。劇中、何が原因で地球が滅びたかには言及していない。でもいろいろ原因はあり得る。核による大惨事や気候によるグローバルな壊滅…でも製作が立ち上がった当時はパンデミックは考えていなかった。

 脚色をしたのは僕ではないけど、まず脚本を読んでから原作を読んだ。で、ハッと理解したんだ、このストーリーは贖罪の物語なんだってことに。僕の演じるキャラクターは後悔の念でいっぱいだ。特に年を取ると、償えないし、取り戻すこともできない。その状態は人を機能不全に陥らせる。この物語が好きなのは、贖罪を深く必要としている男がそれを見つけるところなんだ。

 特に今はみな家にいて…みんな(コロナで)感情的に枯渇している。だからこそ『ミッドナイト・スカイ』の終わりには希望がなければいけないと思った。人類の努力には価値があるんだと、ね。そこがストーリーの美しいところだと思ったし、(コロナでも映画の状況でも)希望はあると、誰もが思い出すことが大切だと思ったんだ。

 今年2月に撮影が終わった後は、編集においても、このストーリーを綴ることにおいても…(コロナの存在で)そう編集せざるを得なかったんだけど…この映画も、物語も、人がいかに誰かと深く繋がる必要があるのか、いかに「home」に戻りたいのか、いかに愛する人々の近くにいたいのか、そういうことについての作品になったのは明らかだった。でもその部分はせりふを少し削り、キャラクターが話すのではなく、音楽とスコアで説明するような形にしたんだ。

 クランクアップ後、LAに戻り、編集を2日ほどしたところでテレビをつけたら、コロナがいかに深刻なものか話していた。でも最初は高齢者しか心配しないでいいっていう話だったので、「ふむ、そうか」って思っていたら、「55歳以上」って言うもんで、「え、僕、高齢者なの!?」ってなって(笑)。

 それはともかく、翌日には編集室が閉鎖されて、僕は今(この取材時)、自分の家の試写室にいるんだけど、ここに移動して8ヶ月間、VFXなどの編集をしていたんだ。正直、一番きつかったのがスコアだった。アレキサンドル・デスプラは素晴らしい作曲家だけどパリ在住で、レコーディングしていたアビーロード・スタジオのあるイギリスまで来ることができなかったんだ。ミュージシャンはロンドンで、僕はLA。だから同時進行で「ZOOM」を3つ使ったんだ。しかもミュージシャンは一度に15人までしか演奏できない。140人編成のオーケストラなのに、少しずつ部分的にしか聴けなくて、それをどんどん重ねていく。すごく時間がかかる、大変な作業だった。でも気に入っているところや強調したいところ、あまり好きじゃないところを確認しながら、何度もミックスとリミックスを繰り返すことができる機会にもなったから、やるだけの価値はあったと思う。

 家族と繋がれるVR ルームや必死に繋がろうとするサリーとオーガスティン、そして「home」に戻ろうとする彼ら。(映画の登場人物だけに限らず)誰もが「home」に戻りたいと思っているんじゃないだろうか。僕も実生活では母と父と一緒にいたい。彼らももう若くはないし。愛する人と会えずにつらい気持ちになっているのはみんな一緒だと思う。

 『ミッドナイト・スカイ』を観て、誰もが経験するこの人間的な葛藤には、葛藤するだけの価値があると、人類の核の部分にあるものは善きものなのだと、戦うに足る価値があるのだと、そう感じてもらえたらと思っている。例え全員が生きのびることができなくても、僕らが対峙するこの葛藤には戦うだけの価値がある。僕らはこの映画で、最初から、そういうところを強調したいと思っていたんだ。