女性が罹患するがんで、とくに多い“乳がん”。増加傾向にもあるだけに、検診を受けることの大切さは広く語られている。だが、もし「あなたは乳がんだ」と告知されたら、どうなってしまうのか? そんな、実は身近な疑問や実体験をコミックエッセイにまとめたのが、夢野かつきさんだ。もちろん、深刻な状況に陥ってしまう場合もあるが、適切な治療を経て“その後”を生きる人は大勢いる。そんな人たちのために、伝えたいことは何か? 夢野さんに聞いた。

【マンガ】ある日“しこり”に気づいて…抗がん剤治療、手術、脱毛! “乳がん”のその後がわかるエッセイ

■超健康体から一転、がん告知のショック「私は死ぬかもしれない」

 コミックエッセイ『乳癌日記 胸の小さな痛みから始まった乳癌闘病記』(廣済堂出版)の作者である夢野かつきさんは、2015年、自身の誕生日に乳がんの告知を受けた。著書では、「胸がちくちくする」「しこりがあるような…?」といったわずかな異変から告知を受けるまで、そして治療の行程と手術、術後と、夢野さんが歩んできた道筋を事細かに綴っている。いろんな不安や気づきを経験しながら感じたこと、疑問に思ったこと。ときに深刻、ときに笑いを交えながら、エンタテイメント性のある医療参考書といった内容になっている。

 「マンガでは全体的に明るいテンションではありますが、実際のところ、『胸に黒い影があります』と言われてから正式に告知を受けるまでの間、『どうしよう…?』と、ずっと落ち込んでいたんです。友人からは『絶対がんじゃないよ!』と励まされて、気持ちを持ち直したりはしていました。

 でも、乳がんの可能性があるならば、そのときのために準備をしておこうと覚悟も芽生えて、徐々に気持ちが落ち着いていった。その上での告知だったので、冷静に受け止められて、治療をがんばろうと思えましたね。『死ぬかもしれない』といったことも頭をよぎりましたし、当時は3回ぐらい、大きな感情のアップダウンがありました」

 それまでは、病気ひとつしたことがない超健康体だっただけに、状況が一変した。自身の経験をマンガにしようと思ったのは、後遺症についての話を耳にしたからだそうだ。

 「乳がんだと告知されて、抗がん剤治療を受けたとたん、具合の悪い病人になってしまった。『この薬さえ体に入れなければ元気なのに』って、何度も思いました。そんな治療中のある日、脇のリンパ節を全摘したら、リンパ浮腫(リンパ液が溜まりむくんだ状態になること)になるらしいと耳にしたんです。

 手術をしたら、体にどの程度の影響が出るのか。全摘したら、絵が描けなくなるんじゃないかと、ものすごく心配になりました。日常生活に支障はなくても、マンガが描けるか描けないかといった問題は、私の人生にとってはとても大きなことなんです。確認しようにも、先生は絵を描く人ではないから、うまくこちらの気持ちが伝わらないかもしれない。伝えるために、実際に乳がんのことをマンガに描いて見せようと持っていったのが、始まりです」

 このときのマンガは先生に好評で、引き続き執筆することになった。描き進めるうちに、自分が知りたいと思った情報は、きっと未来の当事者たちも知りたくなるだろうと思い、ネットで公開した。さらに同人誌としても販売したところ、編集者の目に留まって出版することとなったのだという。

 「時間をかけたのは、先生から受けた治療の説明を、どう表現すれば伝わるのかという点です。解釈が間違っていてもいけないので、ものすごく考えながら描きました。場面としては、私と先生の2人だけの絵面が多いのですが、そのまま描いてもつまらない。どうしたら違和感なく、それでいて楽しめる内容になるのかは常に意識していました」

 友人や先生とのコントのようなやりとりや、脳内での妄想といったコミカルな味付けも、すべて当時のことを忠実に再現したという。抗がん剤治療の副作用、どのように髪の毛が抜け、そして生えてきたのか。治療にかかる金額、各種手続きは? ウィッグや胸パットなどの入手方法、手術のこと、治療を終えたあとは体にどういった変化があったのか。その都度、夢野さんが感じたことを交えながら、詳細にレポートしている。

 「抗がん剤治療で抜けた髪を目立たなくするための帽子やウィッグ、胸を摘出したときにカバーする胸パットなど、その後の生活に必要なものの情報を集めるのが大変でした。病院で聞いてもなかなかうまく進まないし、どこから手をつけていいのかわからなかったんです。だから、自分が気になったところ、どう解決したかなど、必要な情報はすべて載せようと思いました。

 この本は、当時の私が一番欲していた参考書のようなもの。落ち込んだり、元気になったりといった心情もすべて、ありのまま描いています。明るく闘病しているときもあれば、どん底まで落ち込むときもある。両方を描かないとウソっぽくなってしまうと思い、包み隠さずマンガにしました。自分が受けた治療でつらかったことも、これはマンガのネタになる、表現することで誰かの役に立つと思うとがんばれた。描くことによって、私自身も助けられていました」

 この本の特色は、「豊富な情報量」と「ポップな闘病記録」であること。がんをテーマにした映画やドラマとなると、シリアスかつドラマティックな悲劇として描かれるものが多い。だが実際は、がんになる人は非常に多く、治療をして完治、もしくは病気とうまくつき合いながら生きている人も山ほどいる。病は特別なドラマではなく、どこにでもある日常なのだ。

 「エンタテイメント作品や報道などの影響もあるとは思いますが、日本のがんのイメージは、“死”に直結しているように思います。もちろん、発見が遅かったり、進行によっては深刻な状況になってしまうこともある。ですが、治療がうまくいき、今までとそう変わらない生活を送る人だってたくさんいます。“その後”のための情報が少ないから、私はこのマンガを描いたんです」

 「そうして生きるために、検診はきちんと受けてほしいと思います。何もなければ安心を得られますし、何かあれば、すぐに治療を受けることができます。マンガにも出てきますが、友人が膵臓がんになって余命宣告も受けていましたが、今も元気に生きている。彼女もこの『乳癌日記』を読んで気持ちが落ち着いたと言ってくれたので、描いていてよかったなと思いました」

 マンガのテイスト同様、夢野さんの語り口は明るく、軽快だ。同じ病気をした人や、その家族からの反響が届くたびに、「描いていてよかった」と実感するのだそう。

 「『いろんなことがわかって安心した』という声が届くと、うれしく思います。がんになった方だけでなく、ご家族の方も読んでくださり、患者さんのことがよくわかったという声もいただきました。闘病マンガというと身構えてしまうかもしれないので、あえて、明るく楽しく。自分の記録として振り返ってみても、人生にはいろいろと大変なことが起こるもの。私は、そのうちの一つが乳がんだったんだと思っています。がんになったからといって、そこで終わりではない。その後を生きて生活していくことに、役立つものになっていればうれしいです」

(文:根岸聖子)