「お前の一番ええところは天性の人気者」(10月25日放送のフジテレビ系『ワイドナショー』)。ダウンタウン・松本人志(57)の言葉通り、22日深夜放送のニッポン放送『ナインティナインのオールナイトニッポン(ANN)』(毎週木曜 深1:00)で結婚を発表したナインティナインの岡村隆史(50)への祝福の声があふれている。BIG3(ビートたけし、タモリ、明石家さんま)を筆頭に、東西を問わず多くのタレントとの親交の深さが、今回の結婚で改めて明らかになった。岡村が「僕の代表作になった」と評する『めちゃ×2イケてるッ!』、そして結婚発表の舞台となったラジオでの言動を中心に、岡村が「天性の人気者」たるゆえんに迫りたい。

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■“神輿に担がれた男”の圧倒的な努力 4ヶ月間の休養から奇跡の復活

 たけし、さんまが出演する“伝説の番組”『オレたちひょうきん族』が放送されていた、土曜の夜8時(土8)でバラエティー番組をやるのは、芸人にとって大きな憧れ。そんな時間帯で『めちゃイケ』は数々の人気企画を生み出し、22年にわたって放送し、日本のバラエティー史に名を刻んだ。ORICON NEWSが、終了直前にメンバーに行った『めちゃイケ』全メンバーのリレーインタビューで、ラストを飾った矢部浩之(49)は、このような言葉を残している。

 「『めちゃイケ』は早い段階で『岡村隆史を神輿に乗せてみんなで担ごう』っていうフォーメーションで、僕は笛を吹きながら『こっちこっち』って先導するような役割になっていきましたよね。だから、僕はメンバーには感謝しかないんです。最初に番組に集められた時は、みんな若いしギラギラしているから、誰もが真ん中に立ちたいに決っているんですけど、(総監督の片岡)飛鳥さんが作ったフォーメーションをかなり早い段階で受け入れてくれました。収録に来ない人がいても不思議じゃなかったと思うけど(笑)、みんなが『神輿の上にちいさいおっさんを乗せよう』って腹を決めて担いでくれた」

 岡村は番組の“エース”として、1997年10月にスタートした「オカムラオファーシリーズ」で、毎回ギリギリまで自身を追い込み、コメディアンとして常に最高のパフォーマンスを見せてきた。岡村自身もリレーインタビューの中で「あれは“芸人・岡村隆史”のスタイルや生き方が決まったターニングポイントだったと思います。視聴者のみなさんからの期待を全部背負って、全部自分の責任でやってやるっていう気持ちになれたというか…。自分で言うのもおこがましいんですけど、オファーシリーズ第1弾がなかったら、『めちゃイケ』がこんなに皆さんに愛されて長く続く番組になっていなかったと思いますし、進むべき方向も打ち出せなかったと思います」との言葉を残しているが、オアシズの光浦靖子は岡村の圧倒的な努力について、こう語っている。

 「『めちゃイケ』って無力感や実力不足を出演者全員が必ず感じていた番組だと思います。岡村さんがひとりであれだけ番組で頑張っているのに、自分は立って見ているだけでいいんだろうかって、何度も感じるはずの番組なんです」

 そんな頑張りに無理がたたったのが2010年の春。岡村は『めちゃイケ』や『ぐるぐるナインティナイン』(日本テレビ系)など、ナイナイとしてのレギュラー番組に加え、主演映画『てぃだかんかん〜海とサンゴと小さな奇跡〜』のプロモーションで多忙な日々を過ごしていた。さらに演出やプロデュースを自ら手掛ける一人舞台『二人前』の準備にも追われ、徐々に体調が悪化。精神的な不安定さを感じさせる発言や行動も増えたことから、「パンクした」と感じた矢部が休養を勧め、岡村はすべての仕事をキャンセルして休養することになった。

 エースが抜けた大きな穴を埋めるため、『めちゃイケ』は新メンバーオーディションを行い、敦士、たんぽぽ(白鳥久美子・川村エミコ)、重盛さと美、ジャルジャル(後藤淳平・福徳秀介)、三中元克が加入。そんな中、4ヶ月あまりの休養を経て、岡村が『めちゃイケ』に帰ってきた。チリ鉱山落盤事故での奇跡の救出劇さながらに地中より引き揚げられたカプセルから登場した岡村は、第一声で「イエーーーーッ!」と咆哮。スペイン語で“めちゃイケ万歳”と叫び、メンバーたちを驚かせた。まさに「天性の人気者」を感じさせる復活劇だったが、今年5月19日放送の『石橋、薪を焚べる』(毎週火曜 深0:25)で、岡村は休養を経ての心境の変化を口にしていた。

 「半年くらい休むってなった時に(石橋貴明から)『また、やりたくなったらやったらいいし、ゆっくり休みなさい』って言われたんです。休むことで気持ちが戻ってきたというか。もう一度ちゃんとこのお仕事やりたいなと思い出した。自分のできること、できないことがわかってきましたし、全部背負うとしんどくなるって。あれがなかったら、ホンマに普通に今もずっとピリピリしたままやったかもしれないです」

■矢部の公開説教経て“再出発” 電撃婚発表でにじむ思い「どうしてもラジオで伝えたい」

 それから10年あまりが経過した今年4月末に、四半世紀以上にわたって続けている、もうひとつの“ホーム”であるラジオでの失言が大きな問題となった。翌週の『岡村ANN』で、岡村はCMと音楽をはさみながら、冒頭から約36分にわたって繰り返し謝罪。明らかに声に張りがない岡村のもとに、5年前に番組を卒業していた矢部が「やってもうたな」と言いながらスタジオに登場し、「公開説教」として、今回の発言につながった岡村の態度や生活についての問題点を次々と指摘。「今のナイナイ、うまくいってないやん」と、コンビの関係性を自ら明らかにし、厳しい意見も投げかけられたが、岡村はじっと聞き入り「ホンマにそうやな」と納得の声をたびたび漏らした。

 矢部はその翌週も『岡村ANN』に出演。相方として、時に叱責しながらも、変わっていくことへ重要性を訴えていったが、岡村は「僕はラジオが好きです。この気持ちだけはこれからもずっと変わることはないと思っています」と静かに宣言。「先週と今週とまた来てもらって、ラジオでしゃべることができて、本当にまた思うことがいっぱいできました。さらにいろいろと考えて、ラジオに向き合っていきたいと思いました。相方が来てくれたことでわかったことがあります。整理してラジオに向き合っていきたい。リスナーのみなさんにも向き合っていきたい。本当にありがとうという気持ちです」と伝えた。

 こうした経緯を受けて、5月14日深夜の放送回から、矢部が2014年9月以来、5年8ヶ月ぶりに『ANN』復帰を果たし、結成30年、2人の年齢を合わせると“99”になるという節目の年にコンビで再出発した。以降は、2人での活動も精力的に行い、9月10日放送の『ぐるぐるナインティナイン 2時間SP』では“東京のお父さん”と慕うタモリの前でコント「結婚相談所」を披露。15年ぶりのネタを終えると、矢部が「非常にやりにくい」と率直な思いを吐露し、岡村も「タモリさんが見ているという、お粗末でございました」とあいさつしたが、タモリは「面白いよ、オレは大好きだね」と笑顔で賛辞を送った。

 『ぐるナイSP』の「ナインティナイン結成30年記念ゴチ」では、お互いへの思いを語る企画も実施。岡村が意を決して「本当に、あの時はお世話になりました」と思いを伝えると、矢部は「あの時よく2時間も怒られていましたね」と優しい笑顔に。岡村は「これからまたいろいろあると思いますが、30年やらせていただきました。40年50年とまた一緒にコンビでやれたらいいなと思っております。これからもよろしく」と照れながらコンビ継続への意欲を示した。直後の『ナイナイANN』には、盟友の出川哲朗がゲストで生出演を果たし「オールナイトは2人でやるべきだし、やっぱり大変だろうけど、生放送でやるべきなのよ。これがオールナイトニッポンですよ」と長年の盟友、そしてリスナーとしての気持ちを伝えた。

 それから1ヶ月、かねてからリスナーに「結婚した時には神輿(みこし)を担いでほしい」と呼びかけていた岡村が、『ANN』で「ストレートに結婚しました。支えられ婚です。どうしてもラジオで伝えたいということがありまして。お話できないことがずっとありまして。きょうまでなんとか協力してもらいながら、リスナーのみなさんに一番に伝えたいと思って…」と電撃婚を生報告。リスナー、そしてかねてから親交のあるゲストのaikoからの質問に照れながらもまっすぐ答えていく、さながら結婚会見となった(番組の模様は、放送後1週間以内は「radiko」で聞くことができる)。

 裏番組であるTBSラジオ『木曜JUNK おぎやはぎのメガネびいき』(毎週木曜 深1:00)との局の垣根をこえた生交流などで盛り上がる中、最後には、矢部から岡村への“公開祝辞”が寄せられた。「岡村さん、ご結婚おめでとうございます。仕事のパートナーとして結婚しないのは、それは面白いことだと思いますし、なんて言うんでしょう、どっちにも対応はできていたなと思います。1個だけ気になっているのは、ちょっと騒がせました公開説教で『例えば結婚して景色を変えてみたら』って言ったことでの結婚じゃないと思っています、本当によかったと心の底から思います。絶対新しい笑いとか、出来事とか起こるので、また新しい笑いを2人で作っていけたらなと思います。最後に面白くなくてすみません」。

 『めちゃイケ』で“エース”として見せてきた圧倒的な努力、そしてラジオで四半世紀以上にわたってリスナーに寄り添ってきた真摯な姿勢は、2015年から横浜アリーナで年に1度行われているライブイベント『岡村隆史のオールナイトニッポン歌謡祭』(今年度は、来年1月17日にコンビ名義の『ナインティナインのオールナイトニッポンin横浜アリーナ』として開催)でも垣間見ることができる。こうした岡村の“人間力”が、松本の言う「天性の人気者」の素質につながっているのだと、今回の電撃婚をめぐる反応で改めて感じることができた。