約4ヵ月間で体重マイナス8.8キロの減量に成功し、注目を集めた浅香唯がデビュー35周年を迎えた。アイドルだった10代後半に衝撃の交際宣言後、活動休止を挟んで結婚、出産と1人の女性としての人生を歩みながらも、ステージで歌い続けている。アイドルや芸能界の在り方が変わりゆくなか、“奇跡の50歳アイドル”としての思いや、『ライザップ』のボディメイク挑戦や50歳の今について語った。

【写真】8.8キロ増お腹の“たるみ”も…ダイエット前や透明度100%アイドル全盛期の浅香唯

◆ダイエット企画に挑戦し、何かが変われたような気がした

──デビュー35周年記念のアルバム『YUI ASAKA 35th Anniversary~君がずっと見ている~』を発売。同作には、『ライザップ』のCMやミュージックビデオも話題になりましたが、80年代のキラキラした世界を閉じ込めたような約5年ぶりの新曲「LIGHT A SHINE~月はずっと見ている」を収録。歌ってみていかがでしたか?

【浅香唯】 ひと昔前だったら「50歳の女性が歌う曲」のイメージにはないですよね。作詞作曲のSUNNYさんは私と同い年なんですが、曲を作っていただく前に「若い頃には50歳ってもっと“大人”だと思っていたよね」という話で意気投合したんですよ。

──いざ50歳になってみたら?

【浅香唯】 ぜんぜん必死にもがいているところもあるし、一方で「まだ自分に期待していたい」と思えるところもあって。よく「もう50歳」と「まだ50歳」の2つにわかれると言いますが、私とSUNNYさんは同じ後者の方向を見ていた。だからこの曲は、今の私の思いにとても合っています。

──ライザップへの挑戦も「自分への期待」を込めたものだったのでしょうか?

【浅香唯】 そうですね。歴史を刻んだ体型が美しくないとは、決して思わないんです。ただ50歳を目前にすると、どうしても気力が落ちてくるもので。ここで何か1つ頑張れたら、自信を持って50歳をスタートできるんじゃないかと挑戦させていただきました。

──プルプルのお腹を披露することへの抵抗感は?

【浅香唯】 もちろんありました。浅香唯として世に出る時は、「完璧に仕上げた姿しか見せたくない」という気持ちがずっと強かったので。でも、覚悟を持ってさらけ出すことで、自分のなかでも何かが変われたような気がしましたね。

──ボディメイク成功で、周囲からの反響はいかがですか?

【浅香唯】 それが意外にも、男性ファンからはビフォーが好きという声もあり(笑)。ママ友を始め女性は圧倒的にアフター押しなんですけど。でもそれも含めて周りの評価よりも「自分がどうありたかったか」だったので、私としては大満足です。

◆ある程度のことは隠せた…アイドル全盛期の80年代よりも今の方が大変

──15歳でデビューした当時、今も歌い続けていると想像していましたか?

【浅香唯】 ぜんぜん思っていなかったです。私がデビューした80年代は、アイドルの寿命が短かったんですよ。結婚したらアイドルは引退で、恋愛もしてはいけないし、二十歳になると寿命のような…。10代のキラメキを表現するのがアイドルという時代だったので、私も20歳になるまで歌っているかどうかわからないと思っていました。時代とともにアイドルのカタチも変わってきましたよね。

──現代のアイドルとの違いをどう思いますか?

【浅香唯】 今の方が大変だと思います。仕事以外の時間にもSNSをやっていたりと、24時間アイドルでいるわけですものね。私の時代は情報も今ほど溢れていなかったので、仕事が終われば「芸名の浅香唯」から「本名の自分」に戻れたし、ある程度のことは隠せたんですよ。

──隠していたことというと、例えば?

【浅香唯】 私は焼肉が大好きなんですが、事務所から「そこは隠して」と言われていました。当時はアイドルの好きな食べ物といえば、もっと可愛いものであって。私もプロフィールには「パフェ」と書いていました。本当はそんなに好きじゃなかったんですけど(笑)。

──夢を見させる存在としては、ということですね(笑)。

【浅香唯】 今は包み隠して作られたアイドルはもう古く、もっと等身大な方が共感されるんでしょうけど。でもそういったプロフィールも含めて、「浅香唯」は私だけのものじゃない。スタッフや関係者、そしてファンの皆さんと一緒に作り上げていったものだと思っています。

──“アイドル=夢を見させる存在”だった時代に、19歳の「交際宣言」は大きな衝撃を呼びました。

【浅香唯】 私としては「宣言」なんて大げさなものではなく、聞かれたので「はい」と答えただけでした。「自分にもファンにも正直でいたい」という気持ちが強かったので。(交際宣言から14年を経て結婚した)主人が初めておつきあいした男性だったんですよ。

──でも、アイドルとしてはそれが許されない時代だった?

【浅香唯】 振り返ると真っ直ぐで若かったですね。「はい」と答えたことで傷付いたファンの方もいたかもしれないと、今なら理解できます。

──20代に約4年間の活動休止を経て、再び歌い始めたきっかけは?

【浅香唯】 私は基本的にのんびりした性格なので、休業中もマイペースで過ごしていて、気づいたら2年3年と経っていました。そんなあるときに「浅香唯新聞」というものを、ファンの有志で作っていることを知ったんです。自分たちは復活を信じている。その時まで浅香唯を忘れないために、と──。それを知ってたちまち「浅香唯のスイッチ」が入ったのを覚えています。

──休業中は「浅香唯」の意識はなかった?

【浅香唯】 そうですね。今も家族といるときは「浅香唯」ではなく、台本を読んだりするのも子どもが寝てからと決めています。

──人生の半分以上を歩んできた「浅香唯」とはご自身にとってどんな存在ですか?

【浅香唯】 14歳の時に(漫画のヒロインの)浅香唯という名前とオーディションを新聞で知った時に、不思議と運命を感じたんです。「私がこの名前をしっかりと演じなければいけない」という使命感のようなものを。それは今も変わらないですね。

──ファンにとっても「浅香唯」は大切な存在。だからこそ待ち続けたんですよね。

【浅香唯】 私の他にもファンでいる芸能人やアイドルはいると思うんです。それでも心の中の「好き」の箱に浅香唯を入れてくださっている方がいること。その方たちの人生の一部でいられる限り、これからも浅香唯として歌い続けていきたいですね。

(文/児玉澄子)