TBSラジオ『ACTION』(月~金 後3:30)が、25日の放送をもって最終回を迎えた。昨年4月のスタートから、多彩な曜日パーソナリティーが「番組を通じて、パーソナリティーやリスナーが、様々なヒントに気付き、動いてみる。欲を言えば楽しく、よりよい社会を目指したい」をテーマにそれぞれの興味を生かした企画などを行ってきたが、1年半にわたる歴史に幕を閉じた。

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 『ACTION』は、1995年4月から放送されてきた『荒川強啓デイ・キャッチ!』の枠を24年ぶりに改編して、昨年4月よりスタート。各曜日のパーソナリティーは、月曜から順に脚本家の宮藤官九郎、クリープハイプの尾崎世界観、Creepy NutsのDJ松永、作家の羽田圭介氏、ライターの武田砂鉄氏が務め、アシスタントは幸坂理加が月曜から金曜までを担当した。今回は最終週のオープニングとエンディングトークを中心に振り返っていきたい。

■初日は幸坂理加の電撃結婚発表 尾崎の弾き語り、大人になった松永が伝えた感謝

 最終週の初日では、番組冒頭で幸坂が仙台在住の一般男性と婚約したことを発表。幸坂が「仙台にいるので、遠距離恋愛です。(交際期間は)7~8年くらいですかね。プロポーズは『お待たせしました』って。花束をいただきまして…」と詳細について語っていきながら、婚姻届の保証人について「宮藤さん、やってくれるんですか」と期待する一幕も。宮藤が「砂鉄さんにしなよ。しっかりしているから」と語りながら、オープニングでは幸坂に捧げる1曲として銀杏BOYZの「BABY BABY」を流した。

 宮藤がさまざまな業種の人々からひたすら愚痴を聞く人気コーナー『宮藤さんに言ってもしょうがないんですけど』が、10月2日から新番組としてスタートすることも発表(毎週金曜 後9:00)。エンディングでは、この1年半について宮藤が「このACTIONに対するオレの思いを週刊文春に書きましたので、週刊文春の方でいいですか?」と告知。「どうしても最後にやりかったんですけど、いいですか?」と切り出すと、ラジオ界の“レジェンド”大沢悠里へのオマージュとして、番組に関わるスタッフの名前を読み上げる演出も行われた。

 放送後には、オンライン映画祭Vol.2として、宮藤、番組準レギュラーの伊勢志摩、幸坂、映画評論家の江戸木純氏とともに、チケット購入者は”史上最低の映画監督”エド・ウッドによる、伝説の最高傑作『プラン9・フロム・アウタースペース』を鑑賞しながら、4人が“副音声的”な感想・解説トークを行っていった。

 火曜のオープニングでは、尾崎が最終回で弾き語りを行うまでの経緯を伝えながら「試しにリハーサルでやってみて、それで決めさせてくださいと。聞いていた幸坂さんが号泣し始めて。明るい泣き方、漫画みたいに口をへの字にして。それを見て、何かすごくスッキリしたんですよ。終わるってなったから、終わりますねって話もしなかったじゃないですか。あっさりだなと思って。やっぱり、アナウンサーとして仕事をする上で、いちいち悲しんでいたらやっていけないんじゃないかなと思って納得していた。そう思っていたら、あの号泣だったので、我慢していたんだなって」と回顧。「だって、5倍やっているからね。月~金でやっていて、それはそうだよなって。気付いたらやりますって言っていたの」と明かした。

 ゲストコーナーには最初も最後も落語家の立川談春がゲストコーナーに登場し、コロナ禍での落語、師弟関係などについて尾崎が迫っていった。弾き語り後のエンディングトークでは、尾崎が「本当に1年半ありがとうございました。来週から何して過ごしたらいいかわからないですけど。しばらく心にぽっかり穴が開くと思いますけど、またふさがっちゃうのよね。それもさみしい」と率直な思いを吐露。幸坂が「ちょっとの間、開けておいて」と向けると「開いているんですけどね、忘れずに頑張っていきたいと思います。いろんなことありましたね。こうなったら、中途半端なまま終わる、オレは締めないよ。このまんまグダグダしゃべって…」と宣言通りに途中で番組を締めくくった。

 水曜の冒頭、松永は「きょうは最後になりますけど。差し入れプロジェクトって、最初の方やっていたじゃないですか。大人になる過程の第一歩ということで。今回は新宿の伊勢丹に行って買い物行ってきましたよ」と報告。「ご結婚おめでとうございます。初めてデパートのギフトサロンとか行きました」と幸坂への祝福も飛び出した。その後、松永にとって、HIP HOPとラジオの師匠である宇多丸、松永がライブ鑑賞にいった際に“心の胸ぐらをつかまれた”という乃木坂46の齋藤飛鳥がゲストで生登場を果たした。

 エンディングでは、松永が「最終回ですね。本当に1年半で終わってしまいましたけど、オレの中では『1年半もTBSの昼を任されちゃったよ』っていう感覚ですね。『ACTION』でしゃべることで、初めて自分のことを言う大切だったり、自己完結させるしゃべり方をイチから学ばせてもらいましたね。宇多さん(宇多丸)さっき話されていましたけど、学生時代以来、初めて社会との接点ができた気がしました。30間近でこの仕事ができて、本当によかったなと思います」と感謝。続けて、自身の思いを紡いでいった。

 「大人になりたいみたいなことを言って始めましたけど、全然なれてないけど、かなり近づけた気がします。毎週助けていただいて、ありがとうございます。この番組で一番の財産は、マジで人ですね、スタッフのみなさんと幸坂さんに会えたのが完全に一番財産というか。本当に1年半で終わりにしたくないと思います。オレ、まったく不出来で、毎週助けていただいて、めちゃくちゃ世話になった。実は春にやめようと思って、スタッフさんにお話していたんですけど、自分には荷が重すぎると思ったんですが、みなさんのおかげでやってこれました。これで終わってしまうのはさみしいですが、どっかでまた会えますように」

■“ラジオ界の熊”羽田圭介の発見 武田砂鉄氏の予言と幸坂理加の涙

 木曜のオープニングは、羽田氏が吉村昭の小説『熊嵐』のあらすじについて熱弁しながら「肝心な局面って、ひとりの勇気が大事じゃないですか。恋愛とかでも。プロポーズとかでも『お待たせしました』とかって…」と幸坂の結婚をサラリと祝福。その上で、作家としての立場からラジオパーソナリティーについて語っていった。

 「最後、1対1が大事なんですよね。僕、ラジオ1年半やらせてもらいましたけど、例えば何かに興味があるとかっていう時に台本を作家さんに作ってもらって、周りに固めてもらうことってありますけど、たぶん、それは何かを誰かに伝える時に決定打にならないんじゃないかと思ったり。自分が何かをすごい強く伝えたいとしたら、やっぱりひとりで、書き言葉で発信するしかないわけですよね。だから、自分はこれからまたひとりで孤独に作業していくっていうもとの世界に戻るのかな。僕は熊、冬眠します。本番前にも食べたじゃないですか、冬眠します。ラジオ界の熊。ただ恐ろしいのは冬眠前の熊はめちゃくちゃ爆食いするんですよ。だから、きょう暴れます」

 同局の『たまむすび』では“ブルボン小林”として知られ、羽田氏が憧れている小説家の長嶋有氏が生出演。エンディングトークで、羽田氏は「ACTIONは終わらない」と宣言すると、幸坂が「終わるんですよ」とツッコミ。再び、オープニングトークの話題に戻り、羽田氏が「僕は書き言葉の仕事をしているので、枠があって何かを話せって言われる言葉って、熟考した言葉とちょっと違う。だから、必ずしもここで話したことが、自分がいつも書いたりする言葉や文意と同じではない。だから、創作家としての一面が現れたかと言ったらそうでもないんですけど、枠があってしゃべったことって、人間としての自分の、あまり知らなかった面が出ているかもなっていう感じがしました。人間って、なかなか自分のことを冷静に見られないじゃないですか。それが今後の創作とかにも結びつくっていうのはありますね。熊になって、ラジオは冬眠しますけど、小説家としてはプロの熊として、プロの熊?」と締めくくった。

 そして迎えた金曜日。武田氏が幸坂の結婚について「もし幸坂さんが結婚式とか結婚パーティーとかやることがあったら、この5人を呼んでいただけたら、何か出し物。パプリカとかバックストリート・ボーイズでも何でもいいですので」と笑いを交えながら祝福。「きょうで最終回でございましてね。僕いつも淡々としゃべっているので、感情の上下が伝わりにくいかもしれないですけど、1年半やってきたものが終わるっていうのは、なかなかくやしいことというか、さみしいことでありまして。この2ヶ月間くらい、きょうがくるのが嫌だったんですけど。このくやしいとかさみしいっていう気持ちが感情としてずっと居座るっていうのは久しぶりだったので、それくらいこの番組を楽しむことができたんだろうなと思っています」と伝えた。

 続けて「それはスタッフのみなさん、リスナーのみなさん、何よりも幸坂さんのおかげかなと思っています。昨年4月の最初の放送で、僕は『この番組は幸坂理加のACTIONになる』っていうことを言ったんです。この1週間の放送を聞いていて、その予測は現実になったなという風に思います。最終週に自分の結婚を発表して、それぞれのパーソナリティーから祝福の言葉を得ると。その様子を聞きながら、僕の読みは間違ってなかった」と明るいトーンで分析。「『幸坂理加のACTIONになる』と言った時に、幸坂さんは『いえいえ、私はハンバーグの横に添えられているパセリです』という言い方をしましたけれども、日に日にパセリの存在感も増し、パセリがメインになって…」とユーモアを交えて語った。

 武田氏は「20数年続いた『デイ・キャッチ』という番組の後だったので、パーソナリティーもスタッフもいろんなプレッシャーがありましたし、それを乗り越えていくっていうのが最初の役割だったんでしょうけど、この半年はやるべき方向というか、番組らしさも出てきたんじゃないかなと思っていたので…。長大なTBSラジオの歴史の中では、そのリズムにどうやって乗っていくかのは大変なことで。ようやく玄関口にたどり着いたのになという感覚があるので、そこはちょっと残念」と告白。「この半年はコロナがありましたから、外に出てっていうことはあまりできませんでしたが、同時にコロナ禍での不安とか孤独を引き受けるメディアとして、ラジオというのは際立つところもあったと思うので、そういう時期にできたのも貴重な経験だったなと。生活の不安感だったり、孤独みたいなものは個々人の中で抱えていて、続いているものなので、それをラジオはこれからも引き受け続けていくのかなと思っているんですけど」と言葉に力を込めた。

 

エンディングでは、武田氏の計らいで幸坂がひとりで感謝の気持ちを伝える一幕も。「きょうで最後、こうやって時間をいただけるということを聞きまして、久米宏さんみたいにカッコいいことで締めたいなと思いましたら、砂鉄さんに全力で否定されまして。何も考えないで今思っていることをしゃべった方がいいよというアドバイスをいただいたので、本当に何も考えずに来たんですけど。1年半、本当にリスナーのみなさんには聞いていただいてありがとうございました。感謝の気持ちでいっぱいです。あの…あー泣きそう。秋田からやめて出てきて、どこの馬の骨かもわからない私をやさしく受け入れてくれて、本当にありがとうございました。嫌だ、プロだから泣かないつもりだったんですけど」と涙ながらに思いを伝えた。

 幸坂は続けて「私にとっては特別な特別な番組で。パセリのように添え物な感じで、私の話はどうでもいいから、パーソナリティー5人の貴重な話を聞いていただきたいなと思ったので、最初の頃は存在感を消して、アシスタントの名前なんて知られない方が正解なんだって思って。『うんうん』しか言ってなかったと思うんですけど、亀渕昭信さんがゲストにいらっしゃって『アシスタントっていうのはやめたほうがいい、カラーを出した方がいいよ』というアドバイスをいただいて。そこからそうしてみようかなと思って、幸坂の胸の扉を開いて。そこから開きましたね。受け入れてもらえるかどうか不安なところがたくさんあったんですけど、受け入れていただいたと勝手に思っておりまして」とあふれる気持ちを伝えた。

 武田氏が「僕たちが後半の半年、何かつかんできたなという感覚を持ったのも、幸坂さんがバッと胸を開いたっていうタイミングでもあったと思う」と話すと、幸坂は「毎日(radikoの)タイムフリーで聞いて反省するっていうのが日課だったんですね。それがなくなると思うと、悲しいです。プロデューサーの長田(ゆきえ)さんにもやさしく育てていただいて、愛のムチを入れていただきまして。ちょっとうちわの話になりがちな私を『リスナーのみなさんを第一に考えるんだよ』『リスナーだからね』『リスナーを思い浮かべなさい』と、事あるごとに言っていただいて。丁寧に育てていただきました」と呼びかけた。

 武田氏が「この1年半でたくさんできたこと、ラジオって面白いなと思うね。1年半でも、これだけ肉厚で重厚なことができたっていうことは本当にいい思い出になりましたよ」と語りながら「ここまでのお相手は、全員の名前ですね」と各曜日のパーソナリティーの名前を読み上げ、幸坂が涙ながらに自身の名前をアナウンスして、番組は終了した。思えば『ACTION』が始まった1年半前、平成に代わる新たな元号として「令和(れいわ)」が発表。その時に新元号を発表した菅義偉官房長官(当時)は、今では首相となった。平成から「令和」へと元号が変わっていくとともに、あらゆることが起こった激動の1年半を駆け抜けてきた『ACTION』。人々がこれからも生活を続ける限り、いたるところに『ACTION』は息づいている。

 最終週の模様は、放送後1週間以内は「radiko」で聞くことができる。