デビュー当時は細身の体と中性的な雰囲気の“フェミ男”としてブレイクし、近年は“筋肉キャラ”として脚光を浴びる武田真治が、30周年を迎えた。サックス奏者としても活動を続け、24年ぶりにソロアルバム『BREATH OF LIFE』を発売。30年の芸能生活のなかでは「引退」を考えたこともあったと言い、一時期は「消えた」とされながらも、俳優、タレント、そしてミュージシャンとしてたゆまず歩んできた30年を振り返り語る。

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◆筋肉キャラがきっかけでアルバム発売に「マスメディアで注目されるのは重要なこと」

──24年ぶりのソロアルバムが完成した今の心境をお聞かせいただけますか?

【武田真治】 テレビに高い頻度で出演する存在でいることって大事なんだなって改めて思いましたね。メジャーレーベルでアルバムを制作・発売するには、やはりマスメディアで注目していただけているかどうかというのは重要な条件だったと思います。

──芸能界で30年間仕事をしてきた上でのリアルな実感ですね。この間もバンド活動や、忌野清志郎さんをはじめ多くのアーティストとの共演など、ミュージシャン活動は継続してきたわけですが。

【武田真治】 実は前作アルバムを出して以降、音楽活動については(所属事務所の)ホリプロは関わっていなくて、ずっと個人窓口でやってきたんです。「自由にやっていいけれど、バックアップもしない」というスタンスで。だから深夜のクラブで演奏したり、忌野清志郎さんのユニットやロックバンドに混じったりと、けっこう伸び伸びやってこれたところもあります。オーディエンスの前で途切れることなくサックスを吹き続けられたことは、自分のパフォーマンスを向上させてくれたと思っています。

──アルバム制作することになったきっかけは?

【武田真治】 『みんなで筋肉体操』(NHK/2018年)で、筋肉キャラとして再ブレイクみたいなことになって、年末の『NHK紅白歌合戦』にも出演。その流れで『有吉ゼミ』(日本テレビ系)のダイエット企画「武田真治の筋肉リズム体操」のテーマ曲「Fight for Love」を作ったんですが、これがいい感じのポップさで多くの方に聴いてもらえて。

──動画もかなり再生されていて、今や筋トレのアンセムとしても親しまれています。

【武田真治】 そうだと嬉しいです。それと同じくらいのタイミングで、NHKのニュース番組『ニュースきょう一日』のテーマ曲「lux illumina」にサックス奏者としてオファーをいただいて。

──完全にミュージシャンとしてのオファーだったわけですね。

【武田真治】 おそらく。そういう業界的な注目も、メジャーレーベルでのアルバム制作・発売に至った要因でした。30年目にして奇跡ってあるんだなと思いましたね。

◆タンクトップと短パンで体操…謎すぎて乗り気でなかった『みんなで筋肉体操』

──20代後半で北海道の実家にひきこもって、『めちゃ×2イケてるッ!』(フジテレビ系)の時だけ上京。一時は芸能界引退まで考えたとか。

【武田真治】 心身ともに疲れ果てていましたね。あのとき忌野清志郎さんにバンドに誘っていただけなかったら、今の僕はなかったと思います。でも、あの頃のことは、もう後悔しないと決めました。あの時、病気にならなかったら、今はきっと体をここまでは鍛えていないだろうし、この年齢でこれだけアグレッシブなサックスを吹けることもなかったでしょう。

──ただ正直、『みんなで筋肉体操』までは“武田真治=筋肉”というイメージはありませんでした。

【武田真治】 ずっと鍛えてはいたんですが、自分の体が見せるに値する体だとも思ってなかったですし、テレビなどで公に体を見せることが、あまり良いことだとも思ってなかったんです。『みんなで筋肉体操』も最初お話が来たときは、正直嬉しくはなかったですから。深夜にタンクトップと短パンで体操するというのが謎すぎて(笑)。

──イロモノ扱いされるかも、という?

【武田真治】 あとから知ったんですが、筋肉体操の仕事は、うちの事務所に「誰かいませんか?」と話が来たそうで、誰も手を挙げなかったから、「そうだ、武田ってまだ体鍛えてるんだっけ?」ということで僕に回ってきたみたいなんです。僕の担当マネージャーからは指名の仕事だと嘘をつかれて(笑)。

──でも、それが結果的に再ブレイクからアルバム発売に繋がって。

【武田真治】 まさかこんなに注目していただけるなんて思っていなかったので、人生何が起こるかわからないもんだなと。顎関節症を患って気持ち的にもうつ状態だった頃、テレビで所ジョージさんが「40代になると仕事が楽になる」と仰っているのを見て。「本当かな?」と思いつつも、それまでは頑張ってみようと思ったのを憶えています。結果、それは本当でしたね。

──それはやりたくない仕事ができているからですか?

【武田真治】 「やりたくない仕事=自分の想像がおよばない」ってだけで、受け入れられることで想像もしないことが起こることもあるということを学びました。余計なプライドがなくなったんでしょうね。

──この30年、幅広いお仕事をしてきたなかではやりたくないこともあったのでしょうか?

【武田真治】 例えば、人様に向かって「ブッ殺すぞ」みたいな言葉、誰が言いたいですか? (バラエティ番組で)背丈の倍ほどもある落とし穴に落とされるとかね(笑)。でも、それもすべて芸能界のなかで自分を選んでいただいた仕事だし、そう考えると新鮮な気持ちでおもしろさも発見できるようにもなる。嫌いなことや苦手な仕事がなくなるってことは、嫌いな人や苦手な人って存在がなくなるってこととイコールで。それって「マウント取りたい相手がいない」わけだから、すなわち出会う人すべてが「共存したい仲間」になるわけで。そうなると、ある種の「無敵」なわけだし、幸せなことだなって思うんですよね。

◆所ジョージの「40代は楽しい」を実感、俳優としての50代はもっと楽しみ

──近年は『凪のお暇』(TBS系/2019年)でのスナックのママ役が注目を集めるなど、俳優活動も充実している印象です。

【武田真治】 デビューしてすぐに主役級の仕事を次々といただいて。そこから一時期、「武田真治は消えた」みたいに言われて。そして今は「筋肉キャラで再ブレイク」と言われてるわけですけど。ただ、ドラマでいい役をいただいたり、CMに起用していただいたりといったマスに認知してもらえなかった時期も、決してなにもしていなかったわけじゃないんです。

──それでも世間にはやはり「マスな活躍」に目が行きがちであって──。

【武田真治】 はい。それって芸能の世界ではきっとすごく大事で、一般的にいう「売れてる、売れてない」の基準もそこでしょう。しかし、デビュー当時の僕のように、人生を何段も飛ばして歩みを進められてしまったら、その飛ばした分を埋める時間や作業は絶対必要なんだと実感しました。

──「消えた」とされた期間に培ったものが、今に繋がっているということでしょうか?

【武田真治】 俳優業に関して言えば、具体的には30代で取り組ませていただいた舞台・ミュージカルという分野。そこで市村正親さんや大竹しのぶさん、そのほかにもテレビでは知られてなくても素晴らしい表現をされる役者さんや著名な演出家のかたたちと多く出会って、僕にとってはとても刺激的な経験でした。この人たちと一緒に仕事するために、自分はマスの世界でつまづいたんじゃないかと思ったくらい貴重で充実した期間だったと思っています。

──俳優としての現在の立ち位置については、どう捉えていますか?

【武田真治】 例えば『凪のお暇』でのスナックのママは、原作では女性なんですよね。だけど(高橋一生演じる)我聞ちゃんが唯一人目を気にせず号泣できる相手を女優さんが演じてしまうと、「我聞ちゃんとママが恋人同士になればいいのに…」という、ドラマの展開として不要なミスリードを視聴者に与えてしまう。そういうわけで、ギリギリまで役者さんが決まらなかったようです。ドラマのポスターに僕の名前が入ってなかったのは、そういう理由だそうです。

──武田さんに白羽の矢が立ったのは?

【武田真治】 見た目はしっかり男性で、それでいて柔らかい物腰のある人ということでピンと来たそうですよ。ヒゲと筋肉アピールは現場のノリで加味されて行きました(笑)。

──しかしあのママの人間味や懐の深さは、多くの視聴者から愛されました。

【武田真治】 そうですか、ありがとうございます。たぶん役者さんって、30代くらいまでは恋愛対象になるような長身のイケメン俳優が重宝されるんだと思うんです。だけど40歳を超えると一般的に恋愛対象から外れる分、もっと「人間」を演じることに集中できるようになる。そういう意味でも所ジョージさんの「40代は楽しい」を実感しますし、俳優としての50代はもっと楽しみです。

(文/児玉澄子)