1月に“絶対的センター”としてグループのイメージを築き上げてきた平手友梨奈らが脱退、7月の無観客配信公演で10月のラストライブをもって改名・再出発することを電撃発表した欅坂46。2015年8月21日の結成、翌16年4月6日の鮮烈なデビューを経て、紆余曲折、波乱万丈だった5年間の歴史に密着した最初で最後のドキュメンタリー映画『僕たちの嘘と真実 Documentary of 欅坂46』(9月4日公開)の封切りを前に、ORICON NEWSでは2度のインタビューを実施した。改名発表前の3月にはキャプテン・菅井友香と副キャプテン・守屋茜の“ゆっかねん”コンビに、発表後には再び菅井に胸の内を聞いた。

【撮り下ろし写真20枚】欅坂46のキャプテン・副キャプテン“ゆっかねん”コンビ

◆センター代役問題「今思い返しても胸が苦しくなる」

――欅坂46の結成から5年間の活動に密着した初のドキュメンタリー映画を実際に観て、いかがでしたか?

【守屋茜】結成初期の段階からメイキング用のカメラが回っていたので、戸惑ったり嫌がったりしているメンバーもいましたが、記憶には残っていても鮮明に思い出せないこともあるので、今では「撮ってくださってありがとうございます」という気持ちです。私たちも見たことのない映像があって見入ってしまいましたし、ドキドキもしました。(菅井)友香とも話したんですが、ポップコーンを食べながら気楽に見られる内容ではないなと思いました(苦笑)。

――その言葉どおり、2018年夏のアリーナツアーのファイナル(千葉・幕張メッセ公演)の序盤、平手友梨奈さんがステージから落下した場面をはじめ、緊張感が張り詰めたシーンの連続です。17年夏のアリーナツアー(6ヶ所11公演)の途中で離脱することになった平手さんのセンターポジションに、代役を立てるのか否かで葛藤するメンバーの姿も赤裸々に映し出されています。

【菅井友香】2017年の夏は、私たちにとって初めての全国ツアーでした。何もかも初めてで、ツアーがどういうふうに行われていくのかもわからないなか、てち(平手)の欠席が5公演目の名古屋公演当日に伝えられました。センターのポジションを空けたままファンの皆さまにパフォーマンスを届けるのは抵抗がありましたし、それで本当に曲が伝わるのか悩みましたが、ライブ当日にポジションを変えるというのは、当時の未熟な私たちにとっては現実問題として難しかったです。

 結局、センターを空けたままライブをする結果となってしまったのは、今思い返しても胸が苦しくなります。でも、今もしあのときに戻ったとしても、どうすればよかったのかわからないほど、すごく難しい問題だったと思います。てちの場所を埋めることで、帰ってくる場所をなくしてしまうのではないかとも考えていました。

【守屋】私の中では、平手がセンターだからグループが一つになれているという思いがあって、あの時点では、平手以外の誰がセンターをやることになっても、欅坂46としての表現が成り立つとは思えませんでした。センターの代役を立てるか、空けたままやるのかの選択を迫られたとき、私は代役を立てるという選択ができませんでしたし、それが多数派でした。それでも、チケット代を払って観に来てくださる方々に対して、センターを空けたままの状態でお見せしていいのだろうか、何が正解なのか、とたくさん考え、悩み続けました。

◆「不協和音」は戦いに行く感覚で挑む曲 でも一番楽しい

――2018年1月には平手さんの右腕負傷によって、欅坂46にとって初となる日本武道館公演を断念したこともありました。センターに代役を立ててやっていく覚悟はいつできたのでしょうか。

【守屋】いろんな活動を通して一人ひとりが個々の力をつけていくうちに、2018年4月の『2nd YEAR ANNIVERSARY LIVE』(東京・武蔵野の森総合スポーツプラザ メインアリーナ)では一人ひとりそれぞれが補いあって、みんなで頑張ろうと団結して、本当に一つになれたと思います。

【菅井】同じく『2nd YEAR ANNIVERSARY LIVE』ですね。それぞれの楽曲でセンターの代役を立ててやり遂げたことで、決意や覚悟が固まったように思います。

――そのデビュー2周年ライブで菅井さんがセンターを担った「不協和音」は、鬼気迫る名演だったと思います。映画の核ともなっている「不協和音」は、ファンの間では「魔曲」とも言われていますが、改めて欅坂46にとってどんな曲だと思われますか。

【菅井】これまでの曲の中でもずば抜けて、反抗、反骨心みたいなものが“これでもか”というくらい歌詞に表れていて、最初歌詞をいただいたときには私自身もびっくりしました。制作段階でさらに歌詞や曲調が変わっていき、よりメッセージ性が強く、激しくなっていくのを感じて、これは本当に振り切って表現しなきゃと感じていました。でも当初は「魔曲」と言われるような楽曲になるとは思っていなくて、受け止められ方に衝撃を感じました。

【守屋】アイドルファンではない方々に欅坂46を知っていただくきっかけとなった曲でもあると思います。欅坂46をよく知らないという方たちでも「ダンスが激しいグループ」と認識されているような、グループのイメージを象徴する楽曲、欅坂46を語るにおいて欠かせない代表曲になったと感じています。

――平手さんは『NHK紅白歌合戦』で「不協和音」を披露した2度(2017年、19年)とも過呼吸のような症状になっていますし、ご本人も映画の中で「気持ちが入っちゃうから1ハーフでもきつい」と話している場面がありますが、消耗度がすさまじい曲ですよね。

【守屋】平手はものすごくストイックなので、毎回のパフォーマンスで“前回を超えよう”と思っていたと思います。あの主人公を演じるというか、憑依するのは、精神的にも体力的にもものすごく負担がかかって大変な曲だったと思います。

【菅井】私たちにとっても、本当に戦いに行くような感覚で挑む曲ですが、実は踊っていて一番楽しい曲でもあるんです。昨年の東京ドームで久しぶりに「不協和音」を披露すると決まったときは、メンバーからも「うれしい」という声がたくさんあがったほどです。ライブで不協和音のイントロが流れたときの歓声はひときわ大きくて、「ああ、この曲を求めてくださっている方が多いんだな」と実感しました。これからも大切にしていきたい曲ですね。

◆2019年は1回1回、最後のステージかもかもしれないと…

――結果的に、平手さんの欅坂46としてのラストステージは、昨年大みそかの『NHK紅白歌合戦』での「不協和音」となりました。

【守屋】紅白という大舞台で、平手と一緒にもう一度「不協和音」をパフォーマンスできたのは、私たちにとっても意義深いステージになりました。みんなで一丸となって全力を出し切って、「これが私たちだ、これが欅坂46だ!」というのを見せつけられたんじゃないかなと思っています。

――単独公演としては、昨年9月18・19日に行われた初の東京ドーム公演が欅坂46としての平手さんラストステージとなりました。このときには平手さんが脱退する予兆や予感はあったのでしょうか?

【菅井】初めて「グループと距離をおきたい」と本人からメンバーに伝えられたのは、2017年の『NHK紅白歌合戦』の後でした。その後もずっと葛藤しているのを見てきたので、2019年は1回1回、これが一緒にできる最後のステージかもしれないと思っていました。

【守屋】東京ドーム公演にかける覚悟のようなものを、パフォーマンスを見て感じていたので、「これが最後」と言われてもおかしくないんだろうと思っていました。私も東京ドーム公演に限らず、2019年の活動では毎回そういう思いを抱いていたので、後悔しないようにしようと思いながらパフォーマンスしていました。

――ダブルアンコールで、平手さんがソロで「角を曲がる」を披露した後の穏やかな笑顔が強く印象に残っています。

【守屋】平手は今まで本当に高いところを目指していて、いつも自分のパフォーマンスに納得できないと言っていたので、あの笑顔はきっと「やりきった」という思いなのかなぁとも思いました。舞台裏でメンバーと一緒にずっと見守っていたんですが、単純にステージで平手の笑顔が見れたのがうれしくて、みんなで拍手を贈りました。

【菅井】ああいう笑顔をなかなか見ることができなかったというか、特別な表情だったのでグッときました。アンコールで「不協和音」をやってからのパフォーマンスだったので体力的にも大変だったと思いますが、以前までなら倒れてできなかったかもしれなかったところを、ダブルアンコールでちゃんと1曲やり遂げたのはかっこいいなと思いましたし、純粋に胸を打たれました。

◆脱退を告げられた日「とうとうこの日が…」

――実際に、平手さんから脱退を告げられたときの心境を聞かせてください。

【守屋】2017年の紅白の後に「グループから離れたい」と言われたときは現実を受け入れられなくて、絶望感と虚無感で本当に何も手につかなくなるほどショックを受けました。でも、その後もずっと続けてくれて、“その日”がいつ来るかわからないと覚悟しながら活動していたので、昨年の紅白の後に伝えられたときは、「ああ…とうとうこの日が来たんだな」という気持ちでしたし、「もっとこうしておけばよかった」というような後悔もありませんでした。心から「これまでありがとう」と伝えました。

【菅井】「脱退」という響きが最初はちょっと悲しかったんですけど、“らしいな”というか、てちの考えがあるんだろうなと思いました。欅坂46に与えてくれた影響は計り知れないですし、一緒に活動できて、そばでたくさん学ばせてもらうことがあったので、改めて感謝の気持ちでいっぱいでした。もちろん、ずっと一緒にいたいという気持ちや寂しさもありました。でも、それよりも、よくここまで一緒に頑張って、最後まで力を振り絞って続けてくれたなと、ねぎらいの気持ちのほうが大きかったですね。てちのことを考えたら、背中を押してあげることが一番かなと思いました。

――さまざまな葛藤、紆余曲折を経て、新生・欅坂46をどうしていきたいですか?

【守屋】絶対的センターがいなくなり、同期の卒業が相次ぐなか、今いるメンバーでいかに今までの欅坂46のやってきたことを継承しながら新しい姿を見せていくか。ここからが勝負で、また1からやるつもりで頑張らなきゃいけないなと感じています。ファンの皆さんには新しい姿を楽しみにしていてほしいですし、これからも「私たちと一緒に坂を上ってください」という気持ちです。

【菅井】今まで想像もできなかったことがたくさん起こってきたなかで、いつかは来るんだろうなと思っていたときが、今まさに来ているんだなと実感しています。私たちがいつまでもうじうじしているわけにはいかないですし、守りではなく攻めていきたいなという気持ちです。2017年1月に私と守屋がキャプテン、副キャプテンに就任したとき、「一人ひとりが輝けるグループにしたい」という目標を立てたんですね。それをこれからもっともっと、実現していけたらと思っています。



ここまでが3月の段階でのインタビュー。今後劇的に路線変更する可能性は? と聞くと、「それはないです」と笑っていた。しかし、7月16日の無観客配信ライブの終盤、菅井は全メンバーを背に「欅坂46はこの5年間の歴史の幕を閉じます。前向きなお別れをします。10月に予定しているラストライブにて、欅坂46の活動に区切りをつけさせていただきます。新しいグループ名となって生まれ変わります」と電撃発表し、状況は一変した。

結成5周年記念日の8月21日に欅坂46としてラストシングル「誰がその鐘を鳴らすのか?」をリリース後、改めてキャプテンの菅井に胸中を聞いた。

◆気になる改名後の路線変更、これまでの楽曲は?

――8月21日に結成5周年を迎えました。どのような感情が一番大きいですか?

【菅井】5周年を迎えた日に思ったことは、「感謝」の気持ちが一番大きかったです。私たちだけの力ではかなえられないことがたくさんありましたし、欅坂46に入って本当に人生が変わりました。これだけ熱中できることに巡りあうことができ、ここまで続けてこられたことに対してファンの皆さま、支えてくださった方々への感謝の気持ちが一番大きかったですね。

――7月16日の無観客配信ライブで改名発表をした前後の心境を教えてください。

【菅井】欅坂46が欅坂46でなくなるということの発表は、一歩間違えるとファンの方がショックを受けてしまうかもしれないと思い、伝え方に責任を感じていました。発表に至るまで、あえてあまり考えないようにしていましたが、2日前の夜、急に言いたいことが込み上げてきたので、そこで一気に思い浮かんだ言葉を書き出して、伝わりやすくするにはどうすればいいかを考えました。

発表当日は独特な緊迫感がありました。しかも無観客配信ライブでファンの方のリアクションが見えないので、一方通行になっていないかなとか、悲壮感が出すぎてしまっていないかな、どうしたらこれからの期待や希望を伝えることができるかなと考えていました。話しながら、やっぱり欅坂が好きなんだなと改めて感じましたし、こみ上げてくるものがありました。

――発表後、メンバーの反応は?

【菅井】スピーチが終わったあとの一番不安な瞬間、守屋が手をつないでくれて、言葉をかわさなくても同じ気持ちでいてくれるんだなと感じられて、すごく助けられました。

――改名発表直後に初披露し、結成5周年を迎えた8月21日に配信リリースした欅坂46としてのラストシングル「誰がその鐘を鳴らすのか?」には、初めて2期生、新2期生もはじめから参加しました。

【菅井】メンバーの入れ替えもあって、声質が変わって新しいものになっているなと感じました。2期生にも最初からオリジナルポジションがあることもうれしいです。この曲はセンターがいません。みんなで補っていく形になるので、総力戦というか、一人ひとりがポテンシャルを発揮することで、卒業したメンバーがいない寂しさよりも期待が上回るようになったらいいなと思います。

――これまでの路線をある程度踏襲するのか、ガラリと変わってしまうのか、ファンは気になるところだと思います。

【菅井】改名後のコンセプトやグループ名は現時点で私も知らない状態ですが、これまで欅坂46で歌ってきた思春期の葛藤は、若い子が歌うとより説得力があるので、個人的な気持ちとしては、学生のメンバーに引き継いで歌ってもらえたらといいなと思っています。配信ライブでも、天ちゃん(最年少14歳の2期生・山崎天)の「大人は信じてくれない」がすごくよかったので、そういう若い爆発のようなものを見てみたいという気持ちはあります。どうなるかはわかりませんが、いい曲ばかりなので、今後も歌っていけたらうれしいです。

――5年間の活動を振り返って、菅井さんにとって「欅坂46」とは?

【菅井】「夢の時間」だったなと思います。この5年間ずっと、長い夢を見ているような感覚でもあって。特に最初のほうは、「これが夢だったらどうしよう」と思う瞬間もあるくらい、本当にたくさんの夢を見させてもらいました。このメンバーが集まったことも奇跡。人生において忘れられない時間だったなと思います。