『今日から俺は!!劇場版』がヒット中の福田雄一監督作品だが、放送中のドラマ『親バカ青春白書』も注目されている。大学生の娘を心配するあまり、同じ大学に入学した父親を描く親バカコメディだ。キャンパスライフを謳歌するシーンが満載の内容だが、現実世界の大学生は学校に行けないどころか、友だち作りもできていない状況。いまだ「外出控え」が叫ばれ、社会と家庭の境界線が強く求められているなか、主人公たちは「家庭」をそのまま「社会」に持ち込み、溶け込ませようとしている。本作をそんな視点でみると、ひと味違った面白さが見えてくる。

■家庭内で巻き起こるホームコメディをキャンパスで展開

 本作は、娘・さくら(永野芽郁)を愛しすぎるあまり、娘と同じ大学に入学し、同級生になってしまう父親・ガタロー(ムロツヨシ)が主人公の物語。娘を心配するあまり、大学のことある行事に首をつっこむ父親は、若者たちのキャンパスライフに混じりながら、誰よりも青春を謳歌する。そんな“予想外”の面白さが描かれている。

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 しかしこのコロナ禍、現実的には多くの大学が授業を再開できず、入学した学生がまだ一度もキャンパスに入れないという状況が続いている。さらに「外出自粛」はまだ続き、「家庭」と「社会」をできるだけ交わることのないような行動が求められている。

 そんな状況下で観る本作について、ポップカルチャー研究者(早稲田大学招聘研究員)の柿谷浩一氏は、「普段、家の中で自然に繰り広げているであろうホームコメディの風景が、大学や友人といった「外」と「他者」に開かれている点が面白さのポイントである」と解説する。

「物語では、大学に父親が出向くばかりか、小説家である主人公の家には編集者という社会的な第三者が毎回入ってきて、普通に家族団らんの中に混じっています。コロナ禍で、家と外を明確に分けなくてはいけないという意識のなかで生きているいま、その反対側を描く内容は、とてもシニカルに映ります」

 もちろん、制作的にはコロナ禍の状況を意図したものではないだろう。しかし、結果的にいま置かれている社会の空気や雰囲気と真逆をいく設定が、面白くもあり深く胸に刺さる。

■「帰省できない」コロナ禍で孤独な地方出身“上京組”に共感する視聴者の心理

 同作の視聴率は8.7%(第4話、関東地区、ビデオリサーチより)とまずまずの様子だが、「ドラマ満足度ランキング」では最新で第5位と好調(8月11日~8月17日の放送対象)。世代別でみると、高評価を付けた割合は10代がもっとも高かった。

 若い世代を惹きつける理由について柿谷氏は、「キャンパスライフ×親子関係」の巧みな掛け算を特徴として挙げる。

「本来のキャンパスライフとは、親と距離を作る機会・場・時間になるはずです。でも、この作品ではまったく逆ですね。登場人物も視聴者も、ガタロー親子を通じて“親と一緒にいること”を体験していくことになります。

 娘のさくらを除いて、全員が地方出身の上京組というのも見逃せない設定です。物語は、彼らそれぞれの“離れた親”への想いがどう募り、どう変化していくかをもとに動いていく。そのあたりのヒューマンな要素が、コミカルな展開のなかで、絶妙に説教臭くないかたちで、同じ親離れの真っ只中にある若者の心を捉えています」

 また、コロナによって充実した学園生活が失われているいま、もしキャンパスライフをただ謳歌する群像劇だとしたら、アレルギーを感じる視聴者がいたかもしれない。しかし、リアルとファンタジーを巧みに織り交ぜて見せるのが福田雄一ワールドの真骨頂。柿谷氏によると、「絶妙な具合に“リアルじゃない”感が漂う。かといって理想的とも少し違う。いま観るに耐える青春劇のギリギリをコメディで攻めている」という。

「たとえば入学ガイダンスのシーンで、男子学生によるサークル勧誘から娘をガードするはずが、自身がサークル選びを楽しんで体験入部してしまう。娘以上に親がキャンパスライフを楽しむというフィクショナルな風景に、現実を射抜いている巧さがあります。

 現実には、キャンパスライフなき大学生活で、もっぱら登場人物たちが学ぶのが、身近な“親子・家族愛”というのは何とも皮肉ですよね。つまり、他者に出逢い、友人を作るという損なわれた大学生活の一面を、“他人の家族に触れて交流する”ということに置き換えているわけです」

■コロナ禍で“負の感情”が湧きやすい今、ドラマの本質が示す社会的意味

 本作では、大学も友人も“若者”に限ったものではないという昨今のスタンダードがベースにある。そこで象徴的な存在となっているのが、主人公の存在だ。柿谷氏は、彼の言動の本質を考えることにこそ、本作のメッセージがあると語る。

「主人公のガタローは、たしかに観ていて面白くて笑ってしまう。では、いったい何が面白いのかというと、模範解答は“親バカぶり”でしょうが、根っこにあるのは“怒り”です。娘への心配から、怒り・反撥・抵抗すればするほど、感情がむき出しになって面白い。でもそれが、攻撃的ではないんですね。

 コロナ禍で“負の感情”が湧きやすく、怒りの矛先をどこに向けているのか、どこに向けていいかわからない今の世の中で、ガタローがそれを“笑い”で昇華しています。その社会的意味は大きく、観ていて独特な痛快感があります」

 実際にこんな親がいたら、煩わしくて鬱陶しい典型的なタイプかもしれない。しかし、娘のさくらはもちろん、他の登場人物も、そんな父親に対して呆れることはあっても、決して心からバカにせず、この変な親子を受け入れていく。

「これまでの“普通”が通用しなくなり、コロナのような異常なものと共存していかなくてはならない現実において、新しい生活様式に求められていることですよね。このドラマには、そんなリアルな生活とリンクしている世界観があって生々しく映ります。

 普通ではないもの、異質なもの、想像し得ないもの。それらを受け入れ、順化していく彼らの姿からは、まるでコロナ禍における新生活、さらには多様性を自然に引き受ける現代の若者の感受性との兼ね合いを通した成長が描かれているようです。その点、じつに社会派ドラマともいえます」

 本作は、否定的感情が支配しない世界を描くコメディの本質をベースにしながら、いまの時代に寄り添ったメッセージを発信しているところが、意識して観ているか否かに関わらず、若い世代を自然に惹きつけているのかもしれない。

 一連の福田雄一作品に近い見せ方でありながら、その根底ではより社会性を帯び、困難な時代に生きる若い世代へのメッセージをにじませているような本作。こうした視点で観ると、より楽しめそうだ。