家庭用ゲーム機黎明期に誕生し、今も楽しめる名作から、“クソゲー”と呼ばれる不人気作まで、さまざまなソフトを生み出した『ファミリーコンピュータ』。そのソフトは1000タイトル以上と言われ、誰もが知っている名作から、まったく日の目を見なかったものまで、実にさまざま。そこで、ゲームソフト所有本数3万本、約3000万円をゲームに捧げたファミコン芸人・フジタ協力のもと、この“ファミカセ”を、さまざまな角度で切り取り、ピックアップ。第5回のテーマは「めちゃくちゃ強かった敵~RPG編~」。※以降の内容は、ゲーム攻略法などネタバレ要素を含みます。閲覧にご注意ください。

【写真】石井光三と勝負?30年前の“若い”磯野貴理子が描かれた『ラサール石井のチャイルズクエスト』

“ファミコンだから”で許される、ゲームバランスが崩れたRPGも

 RPG(ロールプレイングゲーム)において、敵は物語を進行を妨げる邪魔な存在。なかにはボス以外にも、厄介な存在として多くの人の記憶に残る敵も数多くいる。
「今のRPGの敵はものすごくちゃんとしていますよね。主人公のレベルに応じたある種“ちょうどいい”敵がちゃんと出てくる。ホント、よくできてると思います。今と比較するわけではないですが、ファミコンはそうでないものもたくさんある。理不尽だったり、ちゃんとロケーションテストやったのかなと思うほど、ゲームバランスが崩れていたり。でもそういう”ファミコンだから”というものが、面白かったりするんです。今と開発費も、かける人員も全然違いますからね。今回は、さまざまなバリエーションの“強かった敵”をご紹介します」

 5体のはずが、絞り切れず7体になったフジタが選ぶ、珠玉の“強かった敵”コレクションは以下の通り。

■ドラゴンクエスト(1986年/エニックス)「りゅうおう」

 すべてのRPGの源流ともいえる『ドラクエ』のラスボスです。画面からはみ出るくらい迫力に圧倒された記憶があります。レベルを高めていけば、問題なく倒せると思うんですけど、当時は「とにかく早く倒したい」という気持ちが勝っていて、何回もやられましたね。

 強さはもちろんなんですけど、なにより『ドラクエI』にはHPを全快にする「ベホマ」がないんです。最高でも「ベホイミ」。りゅうおうの攻撃力が高いので、大ダメージを喰らっても回復が間に合わないし、MP回復アイテムがないから、あっという間にMPがなくなってしまう。絶えず、殺されそうという緊張感がありました。

 余談ですが、変身前のりゅうおうが勇者に「世界の半分をやろうか」と聞いてくるんです。それを真に受けて「はい」を選ぶと、レベル1からスタートになってしまう。「勇者は悪に心を売ってはいけない」ということを学びました。

■ドラゴンクエストII 悪霊の神々(1987年/エニックス)「デビルロード」

 『ドラクエ』からボスではないんですが、もう1体選びました。実は、ファミコン版『ドラクエII』はシリーズの中で一番きついと言われています。というのも、強さのバランスが崩れている部分があって、「ロンダルキア」に通じる洞窟や、その周辺地域の敵の強さが異常です。

 そのロンダルキア周辺にでるのが、デビルロード。何がやばいって、自分の命と引き換えに相手を即死させる呪文「メガンテ」を使うんです。『ドラクエII』でメガンテは、相手を100%死へ導く呪文。メガンテを唱えられると、設定のミスなのか、先に画面が赤くなる→メガンテを唱える→死ぬとなるんです。画面が赤くなった瞬間、すべてを悟るわけです。いくらレベル高くても一発で死。世の子どもたちは、この呪文で社会の理不尽さを知ったはずです。デビルロードが出てきたら、メガンテを使われないことを祈るだけ。運ですよね。

 ちなみにロンダルキア周辺には、一発KO系(死なないケースもある)の「ザラキ」を使う敵も出てくるので、とにかく恐怖でしたね。

「めちゃくちゃ強かった敵」はファイナルファンタジーにも…

■ファイナルファンタジーII(1988年/スクウェア)「くろきし」

 オープニングでいきなり戦うんですが、ストーリーを進めるために「必ずやられなければならない敵」として登場します。「ストーリーの展開上やられなければいけない」という敵は、『FFII』の「くろきし」あたりから出てきて、これ以降、そういう物語がRPGに組み込まれることもたびたびありましたが、当時としては、斬新でしたね。

 くろきしとのバトルは、実力差が歴然としているので、特に悔しくもなかったですね。「これ無理。死ぬしかないでしょ」って思ってたらストーリーが展開していった。

 そもそもRPGのシステムには子どもながらに疑問を感じていました。例えば主人公あるいはそのパーティーは1人もしくは多くても4人で、何百、何千ものモンスターと立ち向かって、勝っていく。そこは子どもながらに疑問を感じていました。そういう意味で、「絶対負けない」を崩したのはすごくいいことだったと思います。ファンタジーのなかに、「負け」という現実を盛り込み、プレイヤ―を奮起させる画期的なシステムだったと思います。

 ちなみに、くろきしは、ゲーム終盤に雑魚キャラとして出てきます。主人公たちのレベルや装備のグレードが上がって倒せるようになる。そういうところで、主人公の成長が見えるのもいいですよね。

■星をみるひと(1987年/ホット・ビィ)「ふっかつしゃ」

 何の説明もなく、フィールドに落とされて始まるんですけど、歩いていると敵が出るんです。最初は5種類くらいいるんですけど、そのなかの1体が「ふっかつしゃ」です。

 普通RPGって、主人公たちのレベルに応じたそれなりの敵が出てくるじゃないですか?ところがこのふっかつしゃは、ゲーム終盤に出てくる敵のレベルなんです。ゲーム始めたばかりでそんな敵に出会うんですよ。悔しさ通り越して、意味が分からない。こいつらが出たら100%死なので、出会わないことを祈るしかない。つまり運です。出会ったら絶望ですね。

 これも含めて、このゲームは全体的にバランスが崩れていて、大雑把な作りなんです。とにかく難解な、“クソゲー”でしたね。

■ファミコンジャンプ 英雄列伝(1989年/バンダイ)「ジノ・ヘルナンデス」

 最後の戦いで10何人連続で戦うんですけど、その中盤で出てくる1人。「キャプテン翼」に出てくる中高生のゴールキーパーです。

 このヘルナンデス君、すごいんですよ。とにかく攻撃をはじいてダメージを喰らわない。『北斗の拳』のケンシロウや、『聖闘士星矢』の星矢が必殺技を繰り出しても全然効かない。『シティーハンター』の冴羽リョウ(※リョウは漢字)が銃を打ってもダメ。ゴールキーパーで、鉄壁の守りが自慢という設定にしたかったんでしょうけど、現実にしたらあり得ないことが起きています。

「ファミコンジャンプ」ってゲームの特性上しかたのないことなのかもしれませんが、決してバランスがいいとは思えません。普通に考えて、中高生のゴールキーパーに対し、武術の達人や、銃の達人が出てくれば勝てると思うじゃないですか。ところが、そうじゃない。相性のいいキャラがいて、それをこちらが出せばなんてことなく勝てるんですけど、その相性が何なのかがわからない。とにかく総当たりして、敵と相性のいいキャラを見つけていくしかないんです。『ジャンプ』を読んでいてもその相性はわかりませんから…。

芸能事務所の社長が「めちゃくちゃ強かった敵」に?

■ラサール石井のチャイルズクエスト(1989年/ナムコ)「石井光三」

 主人公がチャイルズのマネージャー。「よいしょ」をして人気を上げ、チャイルズをトップアイドルにするクエストなんですけど、「ギャラアップの交渉」を理由に、ラスボスの石井光三オフィスの社長、石井光三氏と戦います。

 このボス、それまで散々使ってきた「よいしょ」がきかないんです。相手の「悪意に満ちた言葉」のような攻撃をとにかく防御して耐えるだけ。その攻撃が強くて、耐えきれずにやられてしまうことが多かったですね。 あと、そもそもこのボス戦は「かこのあやまち」というアイテムを使わないと勝てない。それも知らないと厳しい戦いを強いられます。

 今考えると当時、バリバリ働いてらっしゃった石井光三さんが、よくOK出したなと思います。社長がラスボスになって、部下のマネージャーを攻撃するわけですから、今でいったら、パワハラですよね。バブル期の寛大さを感じる作品です(笑)

■MOTHER(1989年/任天堂)「ギーグ」

 ラスボスのギーグなんですが、この戦いは通常の戦いでは勝てないんです。というのも、このギーグは、「歌を歌って倒す」というもの。

 それには理由があって、そもそも主人公の曽祖父母が宇宙人にさらわれたんですね。そのさらわれた先で曾祖母が子守をしていたのが、ラスボスの子どものころなんです。その時にその曾祖母は子守唄をうたっていた。各地に散らばったそのメロディを集めて、その歌を主人公が覚えて、ラスボス戦で歌うと、それを思い出したラスボスが…という悲しい物語なんです。

 物語を進めていくうちに、そういうエピソードが断片的に出てきて、そこから連想していくと、その歌が効くんじゃないかということになり、それでラスボスを倒せるんです。ただ、直接的に「歌がラスボスに効くよ」みたいなことは言われないので、その発想がないとラスボスは倒せない。ギーグの攻撃に耐えていると、後々「うたう」というコマンドが追加されるので、それを使って倒すという感じですね。

→次回は「激動のゲーム業界を生きた、ゲームメーカー「ケムコ」の物語」