『ぐりとぐら』、『ねないこだれだ』、『エルマーのぼうけん』、『おおきなかぶ』、『魔女の宅急便』、「うさこちゃん」シリーズ…、これらの作品は、全て児童書出版社・福音館書店から出版されている。中には数十年の間に200回以上の重版を繰り返している絵本もあり、親子3代で読み継がれる幾多の人気作品を刊行しているのだ。目まぐるしく変化する時代の中で、変わらずに愛されるロングセラーを生み出す秘訣とは。長年絵本の制作に携わる同社の編集者たちに聞いた。

【絵本】どれも知ってる…!『おおきなかぶ』『はじめてのおつかい』他、ロングセラー続出の福音館作品集

■世界的人気者「ミッフィー」原作を世界で初めて翻訳 ヒット作品を見抜く“先見の明”

 オランダのデザイナー、ディック・ブルーナによって生み出された絵本『ナインチェ』。英訳の“ミッフィー”の名でも親しまれ、今では約60言語に翻訳されているが、世界で初めてこの絵本を翻訳出版したのは日本である。1962年、福音館書店の編集者であった松居直氏がオランダの図書館でブルーナの絵本3冊に感銘を受け、ブルーナ氏に直談判。日本での翻訳を認めてもらった。そして翌年、最新作として送られてきたのが「うさこちゃん」シリーズの4冊だったのだ。

「ブルーナさんの絵本は素朴な線と独特の温かさがあり、色も主張するばかりではなく、一緒に手をつなごうと子どもに呼びかけてくるようで、ひと目で子どもたちに喜ばれるだろうと確信したようです。当時のブルーナさんはデザイナーとして活躍されていて、絵本作家としてはまだ駆け出し。世界に先駆けて評価されたことをうれしく思い、『うさこちゃん』シリーズの出版も快く認めてくれたそうです」(絵本編集部・宇田純一さん)

 1948年にアメリカで出版され、日本だけでも累計発行部数740万を超える『エルマーのぼうけん』は、訳者の渡辺茂男氏が、大学時代に図書館で原書を発見。その後、アメリカの公共図書館で働いていた際も、子どもたちに人気でいつも貸し出されていた同作を、日本の子どもたちにも紹介したいと持ち帰ったのがきっかけだ。

「竜の子どもをはじめ、擬人化されている動物たちのおしゃべりは英語だと性別や年齢がはっきりせず、翻訳の際にどう表現するか悩まれたそうです。しかし繰り返し読むうちに、竜の子どもが気のやさしい4~5歳の男の子のイメージと重なって。そこから先は、物語を書き下ろすように翻訳が進み、1963年に出版された日本語訳の作品ができあがったと聞いています」(絵本編集部 編集長・多賀谷太郎さん)

■「うさこちゃん」のためだけのフォントまで開発 色合いから用紙まで原書を忠実に再現

 「うさこちゃん」シリーズでは、原作者の思いをできる限り忠実に反映するため、翻訳者が英語専門でも、オランダ語の原書から翻訳をしている。以前、このシリーズの一部が他社から出版されていたが、そちらでは英訳の「ミッフィー」と名づけられていた。福音館版の「うさこちゃん」は、原書の意味と響きを大事にしながら日本語に移しかえたネーミングだ。

「『ナインチェ』はオランダ語で、まさに“うさちゃん”といった意味なんです。また、当時翻訳された石井桃子さんが、原語の発音を聞きたくて、わざわざオランダ大使館まで足を運び、大使館員に原書を読み聞かせてもらったそうです。そのとき、『ナインチェ』の“チェ”と、『うさこちゃん』の“ちゃ”の響きが似ていること、そして“ちいさいうさぎ”という意味合いの両方からイメージした名前が『うさこちゃん』だったのです」(宇田さん)

 原書に忠実な制作は、翻訳のみにとどまらない。「うさこちゃん」シリーズは、デザイナー出身のブルーナがこだわった特有の色を出すために、印刷所で特別に原書と同じ“ブルーナカラー”と呼ばれるインクを練ってもらっている。また、印刷する用紙によっても色の出方が変わってくるため、風合いや色、厚さが原書に近い“ブルーナ用紙”まで制作しているというのだ。

 また、1964年の出版当初は明朝体だったフォントを、2010年にリニューアル。さらに原書に近づけるために、「うさこちゃん」のためだけのオリジナルフォントを作り出した。

「原書では、ナインチェに相応しい優しく美しいゴシックが使われています。日本でもそれに近いフォントを探したのですが見つからなかったため、デザインを手掛けた祖父江慎さんに“ウサコズフォント”を創っていただいたんです」(宇田さん)

 祖父江氏は、原書を尊重することはもちろん、4行詩で2・4行目に脚韻を踏んでいるブルーナ氏の文章と、それを翻訳した石井桃子氏の古風な文体にも注目。それらを生かすため、ツルツルした読みやすいゴシックではなく、少し考えながらゆっくり読まれるような、ややがたついた優しいゴシックを目指し、“ウサコズフォント”を作ったという。

「ブルーナさんは “シンプル” を追求された方。原画は1枚1枚手描きで、1枚描くために100枚以上描き直すこともあったそうです。すでに描いた絵をトレースするのではなく、時間をかけて丁寧に作り上げたのは、子どもたちに対するブルーナさんの愛情だと思います」(宇田さん)

 原作者の思いを尊重し、作家と子どもたちの橋渡しをすることが仕事だと、宇田さんは語る。『エルマーのぼうけん』も40年以上重版を繰り返しているが、不変の人気にあやかって同じ作品を刷り続けるのではなく、フォントを変えたり原書からイラストを取り直したりと、工夫を重ねている。原作者の思いを伝えるためのこだわり抜いた細やかな工夫が、福音館が生み出すヒット作の原点になっているのだ。

■日本オリジナル『ぐりとぐら』も世界的ヒット 人気の理由は“白背景”の多さ?

 1963年に雑誌『母の友』に掲載され、その後ハードカバーになった『ぐりとぐら』。初作の日本での重版回数は200回以上、シリーズ累計発行部数は2080万部を超え、世界12の国と地域でも出版されている。驚異的な人気の理由の1つに、シンプルでキャッチーなタイトルが挙げられるだろう。これは、子どもたちから生まれた言葉だ。

「作者の中川李枝子さんは、長年保育士さんをしていました。ネズミが出てくるフランスの絵本を子どもたちに読んでいた時、“ぐりっ、ぐるっ、ぐらっ”という言葉の出てくる場面が大人気だったそうなんですね。そこから、『ぐりとぐら』というネーミングが生まれました」(こどものとも第一編集部 編集長・関根里江さん)

 本作がヒットした理由は、「タイトルも含め、“子どもたちにとってうれしいこと”がつまっているから」だという。

「遊ぶこと、作ること、料理すること、みんなで分け合っておいしいものを食べること…子どもが大好きなことがたくさん入っていて、こういうところに行ってみたいと思わせる力を持っている。“人気が出た”というよりは、“子どもたちが選んだ本”という感じがありますね」(関根さん)

 保育士だった中川さんは、子どもたちとのエピソードや実体験を元にストーリーを制作。挿絵を担当するのは、中川さんの妹である山脇百合子さんだ。姉妹の阿吽の呼吸で生み出された本作品は、真実に裏打ちされ、共感と想像をふくらませやすい物語に加え、山脇さんの描くシンプルな絵の力も大きい。

「素朴な線で描くスタイルがすばらしい。山脇さんご自身がシンプルなものがお好きで、そのものをきちんと描く方なんです。まずは本物を見てスケッチして、そこから本質を取り出すようにシンプルに簡略化されて絵を描かれているんです」(関根さん)

 イラストの背景の白い部分が多いことも、理由があるのだろうか。

「余白の大事さを考えられていたと思います。余白があることによって、読者は自分の想像をふくらませることができる。書き込んで読者にアピールするよりは、自然に子どもたちを引き込む魅力があるんですよね」(関根さん)

■大人作品の“ベストセラー”、絵本作品の“ロングセラー”の違いとは「子どもたちの本質」

 長年愛される作品に共通する“シンプルさ”。時代や個々によって異なる子どもたちの想像の余地を残すことが、ロングセラーを支える理由のひとつになっている。また、長く読み継がれる絵本は、“子どもの求めているものが形になった作品”だと関根さんは言う。

「大人の本は流行りやベストセラーがありますが、子どもの本質はいつの時代も変わらないからロングセラーになるのかなと。ただ、私も含め、大人になってしまった人たちが作るのでとても難しいことではあるんですけど、常に経験の少ない子どもたちにどうやって受け取りやすい形で伝えて喜んでもらえるか、を考えて作ることを心掛けています」
 
 「うさこちゃん」シリーズ担当の宇田さんは、人気が色あせないロングセラーの最低限の条件について、翻訳者の石井桃子さんの言葉を教えてくれた。

「幼い子どものためのお話を書く人は、昔話にとっぷりひたり、その軽快さ、意味の深さ、むだのなさを自分の中にしまいこむ必要がある。その上で、いったい何が人生の重大事なのかを、象徴的、具体的、情景描写なし、心理描写なしに語らなければならない」

 作品を選ぶ際には、「一過性の物ではなく残るかどうか」を大事にしているという多賀谷さん。絵本の制作途中には、実際に声に出して何度も読み合い、違和感のある表現は都度修正するのだという。

とことん子ども目線を意識した愛情に、作者の意図を最大限尊重した誠実さ。さらには、絶対的な人気を確立した作品でも、色合い、用紙、フォントまでいつまでも追求・工夫・改良を重ねる制作のこだわり。今回お話を聞いた関根さん、多賀谷さん、宇田さん3人全員が、共通してそれらを持って本づくりに携わってきたことを強く感じた。

「うさこちゃん」シリーズとともに喜び悲しみ、『ぐりとぐら』の巨大カステラに胸を弾ませ、『エルマーのぼうけん』で未知の世界に飛び込んでいく高揚感を体験した子どもたちは数知れない。いくつになっても色濃く脳裏に焼き付いている、あらゆる“初めての感情”を絵本は与えてくれる。そのかけがえのない感情を、世代を超えて、文化の違いや国境をも越えて共有しうる作品を、これからも世界中に届けてくれることを期待したい。


(取材・文=辻内史佳)